「そういえば尽八、おめさんこないだ女の子と歩いて無かったか?」 外回りの営業中、同行していた隼人にそんなことを言われて飲んでいたお茶を噴きそうになった。 すんでのところで堪えて、聞こえなかったフリをして聞き返すと「一週間くらい前に、三丁目に新しく出来たスーパーでさ」とやけに具体的に言われてしまった。十中八九一緒に居たのは春瀬さんだ。 仕方なく肯定の意味を込めて頷くと彼女か?と尋ねられる。 「いや、彼女では無い」 「そうなのか?すごく仲が良さそうだったけど」 「んん……仲は良いのだが、彼女では無いんだ。こう、妹みたいな子でな……」 「へえ、その子いくつなんだ?」 「19歳」 「……ちょっと手は出せないな」 「いや、出す気も無いからな」 流石に未成年はなあ、と言った隼人に一応こちらには一切そういう気持ちが無いことを伝えておく。 「でもさ、そんな若い子どこで知り合ったんだ?」 後輩にしては結構歳離れてるし、と興味を持ってしまったらしい隼人に話すべきか話さぬべきか。 微妙な顔をして口を開けないでいる俺に、「言いたくない言わなくていいぜ」と言ってくれるところが隼人らしい。 だが、隼人には家が近いこともあってこれから先も春瀬さんと居る所を目撃されることもあるだろう。 自分自身、このままこの生活を続けて行っていいのか相談したい部分もあったし、隼人も口は固い方だし。この際言ってしまってもいいかもしれない。 そう思って実は、と切り出して話終わった後の隼人の言葉は「何か漫画みたいだなあ」だった。 「それで、いくら19歳とは言え一緒に住んでるのに手出して無いってすごいな」 「だから妹みたいな子なんだよ」 「それにしたって。なあ、王道のお風呂ドッキリとかあったか?」 「お風呂ドッキリは無かったが脱衣所ドッキリならあった」 「……裸を見たってことだよな?」 「……そういうことだ」 新開がおめさんすごいなと感心したように頷く。 すごいなというか。そりゃあ裸を見てしまった時はドキッとしたがあの時は興奮とかそういうのよりも申し訳無いという気持ちでそれどころでは無かった。 結果的に春瀬さんが全然気にして無いしこんなことで俺とのルームシェアが解消されることの方が嫌だと言ってくれたのが嬉しくて、少し気が楽になったのだがやっぱり年頃の女の子が彼氏でも無い男に裸を見られるのは嫌だろう。 部屋が見つからないので仕方無いとは言え、このまま二人で暮らすのも決して良いとは言えない訳で。春瀬さんだって、彼氏とか作りたいだろうし家に友達も呼びたいだろう。 だが、この部屋で一緒に暮らしている以上はそれもきっと難しい。 何より、付き合ってもいない赤の他人の男女が一緒に暮らしているなんて世間体が悪い。 そして俺が春瀬さんの彼になる男だったら、他の男と一緒に住んでいるなんて絶対に嫌だ。 そんな考えを隼人に相談すると隼人はいつも通りの爽やかな笑顔でこう言った。 「じゃあ尽八がその子と付き合い始めれば全部解決なんじゃないか?」 「……隼人、俺の話を聞いていたか?」 彼女のことは妹みたいに思っているからそういう気は一切起こらないと何回も言っている筈だが。大体春瀬さんだって俺に懐いてくれていると思うこともあるが、それにしたって兄のようにしか思って居ないだろう。 「でもさ、尽八の彼氏でも無い男にどうこうって尽八が彼氏になっちゃえば解決するし、その子に彼氏がどうこうっていうのも尽八が彼氏になっちゃえば解決するし、世間体だって彼氏と同棲していますならまだマシになるんじゃないか?」 「……彼女はまだ未成年なんだ」 「19歳って言ったってあと1年もすりゃハタチだぜ?彼女の誕生日、いつだ?」 「確か早生まれと言っていたな」 「だったらすぐに成人するじゃないか」 「うっ…!だがそもそもお互いにその気が無いんだ。付き合うどうこうとか、考えたことがない」 「じゃあ今から考えようぜ」 「……隼人、面白がってないか?」 何でそんなにくっつけたがるんだ、なんて理由は単純だ。女性に言い寄られることはあるものの一向に彼女を作る気配が無い俺が5つも年下の女の子と一緒に暮らしているのが面白くて、さらにその女の子と付き合い出したらもっと面白い。それだけ。 面白がってないか?と疑問形で聞いたものの答えは分かっていた。 いや?と言った割に隼人の顔は少しにやけていて、即ち肯定だ。 「ま、何にせよこないだ一緒に歩いてる時はお似合いだと思ったって話だよ。本当に、彼女かと思った」 「隼人!」 いい加減にしてくれという意味を込めて名前を呼べば「悪かったって」とにこにこしながら謝られる。 全然謝られている気がしないのだが、随分と話し込んでしまった。 ほら、もう行くぞと営業車に乗り込めば彼も助手席に腰掛ける。 隼人と外回りに出る時は専ら自分が運転役だ。運転の荒い隼人に任せて、何回隣で死を覚悟したことか。 尽八は慎重すぎるんだよと言われるが、安全運転の何が悪い。 そう返せば、「いや、運転だけじゃなくてさ、色々ね」と含みのある言い方をされる。 追及しようとする前に約束何時からだっけ、と話題を逸らされる。 今日の約束は14時からだ。そう答えながら時計を見るとあと20分しか無い。 ここから車で15分くらいだから、ギリギリだ。 本当に喋りすぎたな、と隣の男を見ると呑気な顔をして「俺なら10分なのに」と言っているが、絶対に運転席は譲ってやらない。 140729 ×
|