東堂とルームシェア | ナノ




「焼肉食べたい……」

聞こえた一言に後ろを振り返ると寝返りを打ったもののまだ寝息を立てている春瀬さんの姿があった。
1LDKで部屋に余りが無い為春瀬さんはリビングに布団を敷いて寝ているのだが、大抵俺の方が起き出すのが早い為必然的に春瀬さんの寝顔が目に入る。
年頃の女の子がそれは嫌だろうと奥の洋室を譲ろうかと提案したのだが、押し掛けてきた分際でそれは申し訳無さすぎると丁重に断られた。しばらくルームシェアすると決めてから、スッピンや寝姿を公開することは気にしないことにしたらしい。

そもそも何故俺が彼女とのルームシェアを受け入れたかと言えば、春瀬さんに言ったように最近家賃が値上がりしてちょっと生活が苦しくなっていたのがまず半分で、残りの半分は単純に彼女の行先が心配になったからだ。
まだ秋とは言え夜は冷え込むと言うのに公園のベンチでずっと寝ていたりだとか、色んなところで見通しが甘いだとか。あと最近の話だと何回この辺は危ないから気を付けろと言うのにまるで危機感を持たないところだとか。
大丈夫何とかなるで行動する奔放なところが少し高校時代の後輩に似ていたから、というのもあるかもしれない。
まあ何だかんだで放って置けなくて、彼女とのルームシェアを承諾した。
……承諾した後に彼女が未成年だったことを思い出して色々問題なんじゃないかと心配になったが、あと数か月で彼女が二十歳になることと、今のところ彼女に対して全く性的欲求が起こらないことを理由に目を逸らすことにする。

「春瀬さん、今日は朝からバイトなんじゃなかったか」

時計を確認して、そろそろ起こしてやらねばと声を掛ける。

「ん〜、焼肉……」

しかし返って来たのは見当違いの寝言である。どんだけ焼肉食べたいんだ、しかも朝から。
仕方無く布団にくるまる春瀬さんの傍へ寄って行って布団の上から身体を揺する。
それを嫌がるようにごろりと右に転がる。起きなくて困るのは春瀬さんだろうと追いかけてもう一度身体を揺すると、今度は布団の中から手が伸びてきた。俺の揺する手を探すように動かされる手が俺の手を見つけた時。てっきりそのまま突っぱねられるのかと思っていたら、がしりと腕ごと掴まれてぐいと布団側に引っ張られる。

「あ、ちょっと…!」

予想外の出来事にバランスを崩してしまった。春瀬さんの上に倒れ込むようなことにはならなかったが、傍目から見るとかなり危ない状況には違いないので慌てて起き上がろうと腕に力を込める。
そして俺が起き上がる前のこの最悪のタイミングで春瀬さんは目を開けた。
俺があれだけ揺すっても起きなかった癖に何で今。
半目の春瀬さんと数秒見つめ合う。

「……おはよう」

なかなか爽やかな笑顔であいさつ出来たと思う。
半目だった春瀬さんは半目のまま、眉に皺を寄せる。

「……何やってんの?」
「……言っとくけどこの状況を作ったのは春瀬さんだからな?」
「えっ、わたしが可愛すぎるからってこと…?」
「違う」

俺は断じて悪くないと身の潔白を証明しようとしたのだが、ボケなのかマジなのか分からない彼女の発言に先手を打たれたのでそれだけは違うと訂正する。

「そろそろ起きないとバイトに遅刻するだろうと思って起こしてたら、春瀬さんに腕を引っ張られてだな…!」
「……東堂さん、わたしが可愛すぎたから襲おうとしましたって正直に言ったら…?」
「正直も何もこれが真実だ!おい、ちょっと距離を取るなよ!」

心底引いた顔でずるずる後退する春瀬さんの誤解を何とか解こうと必死に弁解している内に彼女の顔が堪え切れないと言った風に歪む。肩を震わせ、下を向くので、まさか泣いて…!?と慌てて特に悪くも無いのに謝ろうとしたが、覗き込んだ彼女の表情を見て俺の勘違いだったことに気付く。

「東堂さん、必死……!」
「おい馬鹿、何でそんな爆笑してるんだ」
「いや、あんまりにも必至に弁解するからね。東堂さんがそんなこと出来る人じゃないって知ってるから大丈夫なのに」

いやあ、何か逆にごめんねとヒーヒー言いながら謝られたが全然謝られている気がしない。何で善意で起こそうとしてこんな仕打ちを受けなければならないんだ。というか「そんなことする人じゃない」でなくて「そんなこと出来る人じゃない」ってどういうことだ。

「えっ、だって東堂さん、女の人の寝込みを襲うとか絶対出来ないじゃん」

自身満々に言い切った春瀬さんに確かにその通りだがそこまできっぱりと言い切られるのも何だか気に食わないのでそう言い切る根拠を尋ねる。すると返ってきたのは「勘」の一言で、やっぱり少し心配になってしまった。しかしにこにこと笑っている彼女を見ると、何だか怒る気も失せてしまう。

「っていうかバイト、遅れるぞ」
「あっ、ほんとだ!あと30分しか無い!」

バタバタと支度を始めた彼女は今日は1日中バイトらしい。
仕方が無い。帰ってきたらホットプレートの焼肉で労ってやるかと彼女の抜け殻の布団をたたみ始めた。


140726


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