東堂とルームシェア | ナノ




荒北さんにお疲れ様を言って、家までの道を半分ぐらい歩いてから気付いた。東堂さんに終わったら必ず連絡を入れろと言われていたことをすっかり忘れていたことに。
とりあえず東堂さんに、『ごめん、すっかり忘れてて半分くらい歩いちゃった!』と送るとすぐに着信。

「東堂さんごめん」
『……そんなことだろうと思っていたから今向かってる』
「そうなの!?流石東堂さん!」
『流石東堂さん!じゃねーよ!』

ご丁寧にわたしの声真似付だ。話を聞くと東堂さんは既にわたしのバイト先のコンビニのすぐ近くまで来ていたらしい。でもわたしと合流出来ていないので、行き違いになってしまったことになる。わたしが連絡を忘れていたばっかりに本当に申し訳無い。そもそも迎えに来てなんて頼んで無いとか東堂さんちょっと過保護すぎないかとか、そういったことはひとまず頭の隅にどけておく。
ごめんね、と再び謝るとまだぐちぐち説教したそうだったが、わたしの現在地を確認すると直接言った方が早いと判断したのか、電話を続けているフリをしてそこから動くなと言われてしまった。
とりあえず携帯を耳に当てたままうろうろしていたがやがてこれではわたしが不審者みたいだと気付き、ゆっくりだが歩き出すことにした。また東堂さんに怒られてしまうかと思ったがそこに留まり続けるのも危険だろうと電話をしているフリをして歩いていると、後ろから足音が聞こえる。
まさかもう東堂さんが?と振り向いたが、会社帰りのサラリーマンのおじさんだった。
ゆっくり歩いているのでおじさんにはすんなり抜かされた。



再び歩き出すとまた足音だ。
今度こそ東堂さんかもと思って振り返るが、今度はおじさんどころか人影も無い。っていうかわたしが止まったと同時に足音も聞こえなくなった。
まさかと思いつつ前を向いて歩き始めると再び足音が聞こえ出す。
えっ、嘘でしょ。偶然だと思いまた足を止める。同じように足音も止まる。
いやいやいやまさかね?今度はちょっと速足で歩いてみる。音は遠くなることなくぴったりと後ろを着いてくる。
ちょっとやだ、本当に不審者?
怖くなって競歩、というかむしろ走っているに近い状態だ。しかし後ろの足音も同じ大きさで、いやむしろ大きくなっている気がする。
やだやだやだと半ば涙目になりながらようやく左手に持つ携帯の存在を思い出して、発信履歴の一番上を押す。携帯を耳に当てて、東堂さんごめん、本当に謝るから早く繋がって!と念じる。
足音は更に近付いて、もうわたしの真後ろに居るのが分かる。
怖くて振り返れない。

プププ、という音がしてコールが開始されるのと、わたしの肩に手が置かれるのは同時だった。


そして後ろから聞こえる携帯の着信音。


左手の中でコールし続けている携帯の通話をやめるボタンを押すと、数秒後に後ろで鳴っていた着信音も消える。

恐る恐る振り返ると、ちょっとにやけた顔の東堂さんがそこに居た。


「………何してるの東堂さん」
「いや、あまりに危機感が無いからちょっとおどかしてやろうかと思ってな」
「マジで怖かったんだけど!?」
「そうか」
「そうかって!」
「実際この辺は夜中に女性が襲われる、なんてこともままあるから少しは気を付けて欲しいという俺なりの気遣いだったんだがな」

春瀬さんは口で言ってもよく分からないタイプみたいだからな、と笑った東堂さんは結構怒っているらしい。早く謝らねばと今のでよく身に沁みたことを伝えたが、返ってきたのは「どうだかな」という素っ気ない返事だ。
ほら、さっさと帰るぞと前を歩く東堂さんを慌てて追いかけて顔を見上げる。

「東堂さん、ごめん」
「それは、何に対してのごめんだ?」
「……今日帰る時連絡するの忘れてたことと、東堂さんが散々気を付けろって言ってたのに聞き流してたこと」
「……これからはどうするんだ?」
「遅い時間に一人で出歩きません」
「……春瀬さんは若いから友人達と遊んで遅くなることもあるだろう」

思わずうっと言葉に詰まってしまった。確かにリカ達と遊んで盛り上がって来るとノリで遊び続けて帰る時間がかなり遅い時間になってしまうことがある。その場合はどうしようか。答えを中々出せないでいると東堂さんが口を開く。

「そういう時に、もし帰りが一人になるようなら俺を呼ぶこと。分かったな」

流石に素直にハイとは頷けなかった。だってそんなの、出会って一ヶ月のルームシェア相手にすることじゃない。どこまで優しいんだこの人は。

「……そんなの東堂さんに悪いじゃん」
「俺の知らないところで危ない目に遭ってるよりはよっぽど良いから気にするな」

ほら、帰るぞとわたしの頭をポンと撫でると、でもと言いたいわたしを置いてスタスタと歩いて行ってしまう。だが数歩歩いたところで心配になったのかこちらを振り返る。急いで東堂さんとの距離を詰めると満足そうに頷いた。
隣を歩く横顔を見て、きゅんと小さく胸が高鳴ったのは気のせいだろうか。
いいや。会ったばかりなのに何故そこまでしてるのか疑問でしょうがないし、リカに絶対無いからと言った手前非常に気まずいのだが、……ちょっと好きになってしまったかもしれない。


140725


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