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「名前!」

廊下で名前を呼ばれたので振り返るとわたしの体操服を持った東堂が手を振っていた。

「ああ、さっきの体操服ね」
「助かったぞ!毎度毎度すまんな!」
「いいけど、忘れる度に女子であるわたしに借りるのはどうかと思うよ」

今日も体操服を忘れた東堂にわたしの物を貸していたのだが、いくらクラスが近いといえどこう頻繁に女子の体操服を着る東堂は如何なものか。せめて男の子に借りなよと言ってやると「そういう時に大抵名前が丁度良くいる物だからな!」と返された。そう言われると特に返す言葉が思いつかず「そっか」としか言えない。

「ところで、衣替えしたのだな」
「うん、そろそろ半袖でもいいかなって」

っていうか朝部室でも見ただろうに今かよというつっこみは置いておく。梅雨入りしてじめじめとしてきたし、長袖のシャツで腕まくりするのも鬱陶しいのでついに今日から半袖デビューをしたのだ。

「わたし夏服の方が好きなんだよねえ」
「だからもう半袖になってしまったのだな」
「あれ、半袖反対派?」
「反対派とかではないな」
「何だ、また女子がむやみに肌を露出云々めんどくさいこと言い始めるのかと思った」

去年の夏、あまりの暑さにシャツのボタンをいつもより一つ多めに開けていたときにそのような小言を言われたことを思い出したので、それを口に出すと「めんどくさいとは何だ!大体な、」とまた小言を言われそうな雰囲気になった為、慌てて「じゃあ何で長袖の方が良いみたいなこと言ったの」と東堂の話を遮る。

「いや、個人的な好みの話だから気にしないでくれ」
「東堂冬服の方が好きなの?」
「いや、冬服というかな、女子がこう、長袖のシャツを腕まくりしてるのが好きなんだ」
「ほう」
「半袖より閉鎖的だが、長袖より少し解放されたこの感じがな」
「……全裸より着エロの方が好きとかそういう話?」
「何でそうなる?……いや、だがまあ近いかもしれん」

パンモロよりチラリズムの方が萌えるとかそういうやつかね、と聞くと「どっちかというとそっちの方が近い」と頷かれたがどっちも意味的にはそんなに変わらないしわたし達は廊下で何て話をしてるのか。

「思わぬところで東堂の性癖メモが更新されたよ」
「何だそれは」
「東堂に限らずだけどうちの部のやつらはこういうAVが好きなんだな〜とかこういうシチュエーションに興奮するんだな〜とかそういう自分メモ」
「部員の好みを把握しようという姿勢だけは買ってやるが、そのメモ絶対活躍する場所無いだろう」
「別にわたしだって好きで把握してる訳じゃないわよ」
「じゃあ忘れろ、今すぐ忘れろ」
「何でよ、別に減るもんじゃないじゃん」
「減るもんじゃないがうっかり俺のファンの子とかに流されたくないだろう?」
「東堂が年上のお姉さんとあれそれする系が好きだってことならまだ流れてないから大丈夫だよ」
「まだって何だ、っていうか何で知ってる」
「……風の噂?」
「そんなこと噂になってて堪るか!」

「どうせ隼人だろう!?」と詰め寄る東堂に「そう、隼人隼人」とあっさりと白状してしまうと「お前もそんな聞かなくていい情報は聞くな!」と何故かわたしが怒られた。確かに聞かなくてもいいけど世間話の合間合間にぶっこまれるから防ぎようが無いのが現状である。ごく自然に下ネタを挟んでくるので返事をした後によく考えたら今すっごい事言ってたという現象がわたしとアキちゃんと新開の間では頻繁に起こる。たまに自分もうっかりひどい下ネタで返事してたという事があるので気を付けねばと思うものの本当に自然にぶっこんでくるので対処が結構難しいのだ。

「こうして気付いたら部員の性癖を把握し始めてる新開スパイラル?」
「意味が分からん」
「わたしも今自分で意味分かんないって思ったよ」

何だ新開スパイラルって。よく分からないけど何か悪そうなのは分かるので自分で生み出したがこの単語には生涯関わらないでおこうと決意した。

「まあ要するに東堂はこう、完全開放じゃなくて防御力高めの中にちょっと隙がある感じが好みってことでしょ?」
「結局そこに戻るのか」
「いや苗字ペディアの東堂尽八の項目を編集しなきゃならないから」
「そんな怪しげな物は編集せんでいい。っていうかその情報本気で使う場所無いだろ!」
「いや、掴んでおいて損は無いかなって」
「忘れた頃にそのネタ使って脅されそうだな」
「そんなことしないって。せいぜい巻ちゃんから借りたグラビアとか見てこの子は東堂が好きそうだなって思うくらいだよ」
「……巻ちゃんから借りたグラビア?」

言ってしまってからはっと気付く。この前巻ちゃんに腰を細くして胸を付けろと言われて以来目標とする体型のビジョンを明確にする為、巻ちゃんのグラビアコレクションから貸出して問題ない物を送って貰っていたのだが、そのことが東堂にバレるとまためんどくさい怒り方をされるかもしれない。自分の居ないところで二人で仲良くされるのが気に食わないらしい東堂は、普段は歳の割に大人びた思考をしている癖にこの件に関しては非常に追及がしつこい上に子供っぽい怒り方をする。また俺の知らないところで二人で云々ぐちぐちと言われそうだからこの件については黙っていようと思っていたのにうっかり口を滑らせてしまった。
案の定「俺にはメールの返信くれない巻ちゃんと連絡取ってるのか」と不機嫌そうな顔でこちらに詰めよる東堂を落ち着かせるには一体どうしたらいいだろう。「ええっと……」と言葉を濁すわたしに「もしかして、二人で会ってるのか」と更に東堂がにじり寄る。近い。
とりあえず少し落ち着いて距離を空けてくれという意味を込めて右手を東堂の顔の前に差し出したが、腕ごと掴まれて払われた。「会ってはない、会ってはないよ!」と慌てて弁解するわたしに「本当だろうな」と目を細める東堂は一体何に嫉妬しているんだろう。娘の交際相手を気にするお父さんかよという言葉を口に出したらマズイということは流石のわたしでも分かるので言わない。

それからも東堂の追及は続き、結局解放されたのは休み時間終了のチャイムが鳴った5分後である。
そしてその件はそこで終わったと思い込んでいたわたしが部活終了後に呼び出され、そのまま東堂との個人面談が始まった時はコイツマジかよと得体の知れない恐怖を感じたのが、元々気の長い方ではないわたしがあまりのめんどくささに耐えきれずブチ切れるまでにはそう時間が掛からなかった。
とりあえず何に対してそんなに怒っているのかをはっきりさせる為直接尋ねてやると「だって名前ばっかり巻ちゃんから返信貰ってずるい……。あともし名前と巻ちゃんが付き合いだしたとして二人に遊んで貰えなくなるのが寂しい……」と拗ねたような顔で返される。理由はとてもかわいらしい物だがそれにしてもあの追及の仕方は怖いと思うのでもう少しお手柔らかにお願いしたい。わたしへの嫉妬100%じゃないみたいで良かったとちょっと安心して、お互いに謝って今回の面談はお開きとなったのだが、それ以来、週に一回は「巻ちゃんと付き合い始めたりとかしてないよな!?」と確認しに来るのはやっぱりちょっとめんどくさいと思う。


140612


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