毎日彼はやって来た。時々キスケさんもやって来た。そして出逢って五日経った頃に自分達の名前を名乗ってきた。自称警察の副長さんは土方十四郎、キスケさんは沖田総悟と言うらしい。名乗るの遅くないか。因みに私の名前は既に認知されていた。ストーカーですか、って言ったら住民票あるんだバカ、と殴られた。この人は殴る以外に能がないのだろうか。
そして今日、私は退院する。もう彼等に会わなくなると思うと清々する。…反面、ちょっと寂しくも思ってしまったことは気付かなかったことにする。


『すいませんね、退院の手続きまでして頂いて』
「まぁ仕事だしな」
『よっと…松葉杖って結構面倒ですね』
「その程度の怪我で済んだんだからそれくらい我慢しやがれ」
『私歩きたくないです。土方さんおぶってください』
「甘えてんじゃねェ。そんなんだから最近の若い奴は体力がねェんだ」
『あー、土方さんは年寄りですもんね。足腰に限界がきてるんですもんね』
「ああ?俺はまだ現役だ。なめんじゃねェ。そこまで言うならおぶってやる。ほら乗れ」
『土方さんの背中になんて乗るくらいなら死んだ方がましです』
「テッメェ…!」


土方さんは俯きながら肩を震わせている。勿論、しゃがんで手を後ろに突き出したままだ。そんな無様な土方さんの隣を私は松葉杖を巧みに使いながら通り過ぎて行く。おっ、松葉杖って意外と楽しいかも。


『さて早く両親に逢いに行かないと。ところで両親は何処ですか?』
「あ、あぁ…その事なんだが…」
「ありすちゃん!退院おめでとう!!」
『ぎゃっ!ゴリラ!?』
「初対面の第一声がソレ!?勲さん傷付いちゃうよ!?」
「すいやせーん。ゴリラが入り口塞いでて中に入れないんですけどー」
「総悟までェェ!?…ううっ…何だか泣けてきちゃったな…」


ゴリラが病室の隅で蹲ってるのを無視して、総悟(歳も近いのでそう呼べと言われた)が病室に入ってくる。退院出来て良かったですねィ、と言うのと同時に総悟は土方さんに殴りかかった。土方さんはそれを間一髪で回避する。くそ、惜しかったな。


「お前、今何て言った」
『いえ何も。で、両親は?』
「だからその事なんだがな…」
「何でィ、まだ言ってなかったんですかィ」
「し、仕方ねェだろ」
『何の事ですか』
「…ありすちゃん、落ち着いて聞いてくれ」


いつの間にか復活していたゴリラがやけに真剣な、それでもって暗い面持ちで私の前に立った。両脇に立っている土方さんと総悟も心無しか表情が曇っている。


「…ありすちゃんのご両親は…あの事故で…亡くなったんだ…」
『…そうですか』
「…意外と普通、ですねィ」
『薄々ですが気付いてましたから』


土方さんが両親の話を幾度となくはぐらかしていたのでもしかしたら、とは思っていた。だけど実際に現実を告げられると…ツライ。私は両親が好きだった。否、今でも好きだ。二人とも優しくてよくドライブに連れてってくれた。そう、あの日もそうだった。いつものように当てもなく走って他愛もない話をしていた。それが突然、大きな音が鳴り響いて目の前が真っ暗になった。直感的に私は死んだと思った。でも生きていた。私は生きていた。でも両親は死んだ。…シンダンダ。


『…っ…!』


途端に沸き上がってくる涙。一度流れ出すとそれは中々止まらないもので。だけど心配をかけたくなくて目にゴミが入った、と言って誤魔化した。
その時、私の視界が一気に暗くなる。鼻につくのは煙草の臭い。背中には暖かい手の感触。私は何かがプツッ、と切れたように目の前の黒い服を掴んで泣いた。これでもかってくらい泣いた。背中の手は優しく擦ってくれている。


「…今日ぐらいは俺の胸、貸してやるよ」


ぶっきらぼうな言い方だったけど彼なりの優しさなんだと理解した。その優しさでまた涙が溢れてきた。そして泣き疲れた私はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
今は土方さんにおぶさりながら表を歩いている。今日の空はいつもよりも蒼く、頭上に広がる二つの雲が寄り添いながら流れていった。



090427


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