『トシー!お待たせしましたっ』
「遅えんだよ、馬鹿」
『これ、走りにくくてさー』


大人っぽい黒の浴衣に身を包んだ瞳。赤い金魚が涼しげで夏らしい。髪の毛はアップで首筋が強調されている。正直、ヤバイ。

夏休みが始まってすぐのこの時期、毎年花火大会がある。このあたりの地域にしては珍しく、出店も沢山でる大きな祭りだ。花火もそれなりに本格的な為、人も結構集まってくる。
人混みが嫌いな俺は、いつもなら家から一歩も出ないが、瞳に誘われたので仕方なく祭りに初参加。
…嘘。今日を結構楽しみにしてたりした。

あの日から一応付き合っている俺と瞳。特に変わったこともなく、たまに屋上でサボる。だだそれだけの関係だけれども。変わったようで変わらない日常だった。つまり、進展はナシ。追い風は一切吹いていない。

屋台が並ぶ場所に近づくにつれて、必然的に人も多くなっていく。花火が始まるまでまだまだ時間はあるっつーのに、コイツら全員暇人か。…俺も当てはまるじゃねーか。
まぁ、俺はあれだ。受験勉強の息抜き。受験、受験ねぇ。
受験すると決まった訳じゃねぇのに受験勉強。矛盾してやがる。周りの奴らはそれぞれの目標に向かって努力し始めているこの時期、俺は未だに進路を決めかねていた。当然焦りは感じる訳で。勉強でもしてないと不安になる。らしくねぇけどよ。


「何か食うか?」
『私リンゴ飴食べたいっ』
「ちょっま、おい!」


人混みに紛れて、見えなくなる瞳に恐怖にも近い不安と焦りを感じた。

瞳といると心地が良い、その理由に最近気づいてきた。俺も、瞳も、悩んでいるんだ。瞳が何に悩んでいるかまでは分からないが、雰囲気が似ているからお互いに惹かれたんだと思う。自意識過剰じゃない。俺たちは、俺は…、


「まてっつの!」
『あ、トシ』
「ったく、居なくなるんじゃねー」
『ごめんね、でもリンゴ飴買えたよ!』
「あー?良かったな」
『あの、トシ…』
「んだよ」
『手ぇ、繋いだまんまだけど…』


瞳の指に絡めた指に込める力を強くする。放さない、はなしてやるか。手の平に伝わる体温が心地よかった。瞳にも俺の意思は伝わったらしく、瞳も込める力を強くしてきた。たったそれだけのことなのに、顔が緩んでる気がして瞳を見ることが出来なかった。そのまま無言で、銀八が言っていた穴場まで歩った。

銀八曰く穴場の、近くの神社までたどり着いた。周りはカップルだらけで、所かまわずイチャついてるもんだから目のやり場に困った。どうやら銀八には地味な嫌がらせをされたようだった。隣の瞳を見ると、やっぱり頬を赤らめていた。


「どうする、戻るか?」
『んー、でもそろそろ時間だし…。私は平気だよ』
「…ならいいんだけどよ」


近くの石段に並んで腰を下ろし、花火が始まるのを待つ。暫く無言が続いた。聞こえるのはバカップル共のこえだけ。そんな中、瞳が俺の肩に体を預けてきたもんだから驚いた。


『トシの隣、安心するんだよね』
「…いきなりなんだよ」
『ずっとここに居たくなっちゃう』





ぴゅるるるる…ー

ー…ドンッ




最初の花火があがった時、俺は瞳を壊れるんじゃないかって位抱き締めてた。二回目の花火の時には、唇同士が触れ合っていた。
三回目の時には噛み付くようなキスをした。



瞳はこんなにも近くに居るのに。消えてしまいそうで、胸が痛んだ。追い風は吹いた。でも、肝心の何かは置き去りになってはいないだろうか。
俺たちは今、幸せだ。

けれども
花火の音も、光も。ただただ、切なかった。




追い風が自転車の背を押す



09.08.08 のん




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