「名前っ!」
『わっ!…田島』


突然背中に重圧を感じ、思わず振り向く。本当は振り向かなくても声だけで分かったけどね。第一、背中に飛び付いて来るのなんて一人しかいないし。案の定その正体は田島であり、少年染みた笑顔を浮かべている。


「へへっ、びっくりした?」
『びっくりした…急に飛び付いて来ないでよ』
「えっ、と…ごめん?」
『…何で謝るの』
「だって名前、怒ってねぇ?」
『別に怒ってないよ』
「ほんと!?良かったー!」


私は感情表現が不得手である。この平淡な口調からいつも怒っているように捉えられがちだが、断じて怒っている訳ではない。今も正にそうであり、実情は寧ろ嬉しいくらいだ。…なんてことは言えないけど。
最近付き合い出した田島悠一郎。彼は私とは正反対で、表情豊かな人間である。そんな彼に告白されたときは絶対ヤラセだろうと思った。が、それは誤解だったらしく、あの時は少し田島に怒られた。まぁ今となってはあれもいい思い出だ。私は自分とは真逆の田島に魅了されていたし、惹かれていたのも事実だった。だから二つ返事でその思い入れを受け入れたのだが、…果たしてそれは適した判断だったと言えるのだろうか。無論、私は田島のことが…好き、だ。でも、いつもスキンシップは田島からで私は彼に何一つしてあげられていない。こんな私と付き合っていて、田島に何か有益なことがあるのだろうか。と、最近はそんなことばかり考えるようになっていた。


「今日さ、一緒に帰んねぇ?」
『えっ?』
「今日はミーティングだけでさ。俺、名前と帰んの夢だったんだよね!」
『まぁ別にいいけど』
「…あっ、もしかしたら遅くなるかもしんねぇし、何か用あるなら無理しなくてもいいんだけど、」
『用なんてないよ。それに…田島と帰れるのは嬉しい』
「えっ?何?」
『な、なんでもない!』


折角勇気を出して本音を言ってみても、声が小さくて届かない。これじゃ全く意味がない。どうも私は好きとかそういう台詞に慣れていない所為か、途端に恥ずかしくなってしまう。田島はあんなにストレートに想いを伝えてくれるのに、私は結局言えず仕舞い。こんな自分がつくづく嫌になる。


「じゃ、放課後迎えに行くから!」
『う、うん』
「また後で、な!」


田島はニカッと笑い、私の頭をクシャッとして去って行った。田島に触れられた所が熱くて、その熱は全身に巡っていく。暫くその場で余韻に浸っていた私は、友人の呼び掛けによって漸く我に返った。
楽しいことを考えてると時間はあっという間に過ぎていくようで、気付いた時には放課後になっていた。私は教室で田島が来るのを今か今かと待ち望んでいる。すると、教室の扉がガラリと開いた。


「わり、待った?」
『ううん、そんなに待ってないよ』
「じゃあ帰っか!」
『うん』


田島と二人、並んで昇降口まで向かう。その間、田島は野球部の事とか色々話してくれた。昇降口を出た後もそれは続く。


「…で、其処で三橋がさぁ〜」
『うん』
「また阿部がキレちゃって」
『そうなんだ』


野球部って人数少ないけど個性的な人が多いな、なんて思っていたら田島の口数が徐々に減っていって、終いには黙り込んでしまった。どうしたんだろう。具合でも悪いのだろうか。


『…田島?』
「名前」
『は、はい』


不安になって声を掛けてみたら、普段よりもトーンの低くなった田島の声が返ってきた。田島を見ればばつが悪そうな顔をしている。


「名前は…さ、俺と居ても楽しくない?」
『い、いや、そんなことは…』
「……俺達、別れよっか」
『えっ、』


唐突に突き付けられた別れの言葉。そりゃそうだろう。田島は一生懸命話し掛けてくれるのに、私は話題を提供することは疎か、ろくな相槌すら打てていない。こんな奴と居たって田島は楽しくなんかないだろうし、別れを切り出したくなるのも当然だろう。と、頭では理解しているものの、中々言葉が口を切って出て来ない。田島を好きだという感情が邪魔をする。漸く口から出た言葉は何とも拙いものだった。


『そう…だね。別れよっ、か…』
「名前!?何泣いて…」
『え…?』


田島に言われて目元を擦ると、指先に水滴が付いてきた。私…泣いてる。涙なんて何時振りに流しただろう。確か小学生以来、随分ご無沙汰していたように思う。


「名前…泣かないで」
『……ない、』
「えっ?」
『別れたく、ないよぉ…』


ぶわっと。今度は自分でも分かるくらい涙が溢れた。その涙と一緒に溜め込んでいた感情も溢れ出す。止めようと思うのに、私は止め方を知らない。


『田島に、とって、こんな、つまんない、おんな、より、もっと、いいひと、いるって、わかって、いるのに、やっぱり、たじまが、すき、だから、別れたく、ないって…ひゃっ』


しゃくり上げながら話す私の腕が急に引かれ、気付けば田島の胸の中。背中に回された腕が、私を強く強く抱き寄せる。


「ごめん…泣かせてごめん」
『…んっ』
「名前がさ、あんま感情を出さないことは知ってたけど、やっぱ俺と居ても楽しくないのかなって思っちゃって…」
『ご、めん』
「名前は悪くねーよ。俺が勝手に誤解して名前を傷付けたんだ。こんなに好きでいてくれてるのに俺っ…」


ポタリ。と、頬に水滴が落ちてきた。雨が降ってきたのかと上を見上げると、その雫は田島の大きな瞳から溢れていて。田島の笑顔と困った顔以外の表情は初めて見た。


「俺、不安、だったんだ。俺はすっげー名前のこと好きなのに、名前と居るとそれだけで楽しいのに、名前はつまんねぇ思いしてんじゃないかって、」
『…わたし、も』
「えっ…?」
『同じこと、ずっと、思ってた』


田島は目を見開いて驚いたような顔をしたが、それは次の瞬間にはふわりとした笑顔に変わっていた。


「…へへっ、俺達ずっと同じこと考えてたんだな」
『そうみたいだね』
「今度からはちゃんと思ってること言うようにしよーな!」
『うん…頑張る』


お互いに顔を見合わせ、二人で笑った。そして勇気を出して自分の右手で田島の左手を握ってみる。すると田島はいつもみたいな少年染みた笑顔で強く握り返してきた。その手はとても暖かくて、ずっとずっと離さないでいたいと思った。




101106 りく



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