放課後になり、私は教室を飛び出した。無意識に辿り着いた先は、いつも二人で寄り道していた公園。其処は厚い雨雲の所為か、子供一人見当たらない。そんな所に私は佇んでいた。
やがて空から雨粒が落ち始める。雨降って地固まるという言葉があるように、私の心も固めてはくれないだろうか。このどろどろとした不安定な心を、元の形に戻してほしい。


「…何してるん?風邪引くで」


降り懸かる雨が急に遮られる。姿を見ずとも声だけで分かる。金髪で優しくて、私の愛しい人。


『…謙也には関係ないよ』
「関係ないにしても傘くらい差しぃや」
『うるさいな、ほっといてよ』
「なんやねん!人が心配してるっちゅーのに」
『…本当は心配なんてしてないんじゃないの』
「はあ?何やって?」
『何でもない!』
「お前、何怒ってんねん」
『あーもう、うるさいうるさいうるさい!謙也なんか大っ嫌い!』
「ああ!?そうか、ならもうええわ!」


私の頭上にあった黒い布が遠退いて行く。邪魔するものがなくなったと言わんばかりに、雨粒は私を容赦なく打ち付ける。


『…嫌い』

知ってるんだから。貴方が他の女の子と仲良くしてたことぐらい。

『…嫌い』

知ってるんだから。貴方は誰にでも優しいんだってことぐらい。

『…嫌い』

知ってるんだから。これが下らない嫉妬だってことぐらい。

『…大っ嫌い』

知ってるんだから。こんな自分が一番嫌いだってことぐらい。

『ううっ…』


私は思わずその場に屈んだ。雨脚は弱まることを知らず、逆に強さを増していく。雨粒は冷たい筈なのに、頬を伝う雨粒だけは妙に生温くて、気持ち悪い。


「…何泣いてんねん」


再び雨が遮られる。しかし、私の顔には未だに雨が流れ続ける。そんなんだから、私は顔を上げられない。


「こんな所におらへんで帰ろう、なっ?」
『……』
「ほんま、どうしたん?」


こんな私にですら声を掛けてくれる貴方はやっぱり優しい。その優しさが大好きで、憎い。


『…今日』
「んっ?」
『昼休み、女の子と、話してた』
「えっ?…ああ!あれはやなぁ…」
『知ってる。向こうから話し掛けてたの』
「せやせや。何が好きだとかしつこくてなぁ」
『…良かったね、もてもてじゃん』
「だからな、俺が好きなんは名前やーって言っといたわ」
『…えっ、』


そう言って笑う謙也。ちょっと照れたような謙也の笑顔は眩しくて、其処だけ太陽が出ているかのようだった。


「何や、嫉妬して泣いてたんか?」
『なっ、ち、違うもん!…きゃっ』


カタリ、と傘が地面に落ちる。ふわりと香る謙也の匂い。途端に止まる私の涙。


「俺が好きなんは名前だけやから。泣かしてごめん」
『…うん』
「でも嫉妬してくれるんは嬉しいけど、頼むから泣かんといて」
『…、うん』
「俺、どうしたらええか分からんから」
『…ごめんなさい』
「…名前、好きやで」
『…私も、好き』


謙也の腕の力が強まる。私もそっと謙也の背中に腕を回した。
雨はいつの間にか止んでしまっていたようで、代わりに遠くの空には七色の橋が架かっていた。




100923 りく



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