「あっ、名前〜!」
『げっ千石』
「げっはないでしょ、げっは」
『で、何の用』
「相変わらず冷たいなぁ。まぁそんな所もかわいいけどね」
『…用がないなら帰って良いかな』
「わー!ちょっと待ってよ〜」
『何なのよ、もう』


最近必要以上に接触してくる男、千石清純。簡単に説明するとするならば、女好きで有名なテニス部員と言ったところか。そして、その割りにはかなりモテる部類に入っている。確かに見た目はそれなりにカッコイイことは認めるが、軽い奴は論外である。あくまでも、私は。


「名前、好きだよ」
『それもう聞き飽きた』
「俺は本気だよ!」
『そんなの誰にでも言ってるじゃん』
「いや、かわいいは色んな子にも言ってるけど、好きって言うのは名前だけだよ?」
『はいはい、じゃあ私じゃなくてそのかわいい他の女の子当たって下さい』
「…名前はそれで良いの?」
『悪い理由がある?』
「…分かった、ならもう名前に好きって言わないよ」


そう言って、オレンジ色の頭は去っていった。心なしか項垂れているように見えなくもない。だが、それも気の所為だったようで、女の子を見付けた瞬間、何時ものようにかわいいね!と連呼していた。ただ、千石の口から好きと言う言葉を聞くことはなかったが。

そして、それから千石は私を避けるようになった。別に話すなとは言ってない。私が悪いとも思ってない。まぁこれで千石がいちいち言い寄って来なくなったから別に良いか。



「なぁ名字」
『何だい、地味'sの片割れくん』
「その呼び方止めろよなー…」
『ははっ、ゴメンね南。で、何?』
「お前さぁ、千石と喧嘩でもしたのか?」
『えっ?別に』
「何かお前等最近話してるところ見ないし、千石の奴は部活中ずっとローテンションだし」
『それは部活に女の子が居ないからじゃないの』
「いや、女子が近くを通っても前なら速攻声かけてたのに最近は見向きもしないんだ」
『やっと部活に打ち込む気になったんじゃない』
「あのローテンションでか?」
『そんなの知らないよ』
「彼奴があのままじゃ部活の雰囲気も滅入っちまう。だからどうにかしてくれよ」
『何で私が』
「だって千石、普段だったら大抵名字の話しかしてこないんだぜ」
『だから?』
「それって名字が一番千石と仲良いって事だろ。だから、なっ?頼んだ!」
『なって言われましても…』


原因を作ったのは私かもしれないけど(あくまで仮定だ)正直何をして良いか分からない。でも、南がこんな必死に頼んでいるのを踏みにじることも出来ない。私が困惑してるのも露知らずか、南は先生に呼ばれてるだか何だかで押し付けるだけ押し付けて行ってしまった。見掛けによらず図々しい奴め。
そして千石に目を向ける。同じクラスの当の本人はまた女の子と楽しそうに話しており、時折本当かわいいよ!なんて聞こえてくる。別にローテンションには見えないけど。寧ろハイテンションじゃないか。南も大袈裟なんだよ、全く。此方の事情も知らずに呑気に話してる千石を見てると苛々する。と同時に何故か胸がチクリと痛んだ。…私、千石と話せなくて寂しいとか思ってる?



「あれ?何か名字さん此方睨んでない?」
「やだ、こわーい。そう言えばキヨ、最近名字さんと話してないね」
「あー…ちょっとね」
「まぁ名字さんってちょっとキツいとこあるし」
「其処まで可愛くもないしね!」
「きゃははっ!言えてるー!」
「…おい」
「えっ、キヨ…?」
「名前を侮辱すんな。お前等にそんな権利は無い。それに俺から言わせりゃお前等の方がよっぽど可愛くないよ」
「なっ、ひっどーい!」
「あのキヨが名字さんみたいな地味な子を好きな訳!?」
「ああ、好きだよ。少なくともお前等なんかよりずっとかわいいし」
「で、でも名字さんって彼氏いるんじゃないの!?」
「…は?」
「ほら、テニス部の地味な人!さっきも二人で楽しそうにしてたじゃん!」
「…あぁ、南の事か」
「名字さんにはああ言う感じの人の方が似合ってると思うし、キヨみたいな派手な人は釣り合わないよ!」
「…たとえ釣り合わなくとも俺が名前を好きなことに変わりはないから」
「…っ!」
「もう行っても良い?お前等と一緒に居たくない」
「き、キヨ!!」


先程まで名前が居た場所はいつの間にか空白の席となっていた。俺は取り敢えず教室を出る。…名前と南。頭の中はこの二人が堂々巡りしていた。確か二人は委員会が一緒だとか何とか言ってた。だから別に彼氏とかではない…と思う。ってか、思いたい。でも、俺から見ててもさっきの二人は仲良さげだった。いや、でも違う。違う違う。…違うって、誰か言ってくれよ。俺を安心させてくれ。

そうこう考えているうちに気付けば屋上に来ていた。その扉は追い討ちをかけるように重く感じた。誰も居ないと思っていたら、死角になっている俺の特等席から細い影が伸びている。先客が居たようだ。普段の俺なら一人になれないと分かった瞬間に出て行くのだが、足は自然とその人に向かっていた。



「…あっ、やっぱり名前だ」
『千石…?』
「もしかして起こしちゃった?」
『んっ…別に寝てなかったから大丈夫』
「…ははっ」
『…何一人で笑ってる訳。怖いんだけど』
「やっぱり俺、名前が好きだ」
『…もう好きって言わないんじゃなかったの』
「うん、でも無理。名前を見てると言いたくなっちゃうんだもん」
『あっそ…』


だから名前の前では気を紛らわす為にわざと他の子と話してたんだ。と千石は付け足してきた。別にそんな所まで聞いてないけど。でも、千石と話してからは先程の靄は少し晴れていく。そんな気がした。


「でさ、」
『何』
「単刀直入に聞くけど、名前って…もしかして南と付き合ったりしてる?」
『はっ、南?何で南』
「いっつも仲良く話してるじゃん」
『それは委員会…ってか、私が誰と仲良かろうが千石には関係無いじゃん』
「まぁそうかもしれないけど…」
『じゃあ良いじゃん』
「良くない!」
『…何でよ』
「俺は名前が好きだから…名前を他の男になんて取られたくないんだ…っ!」


千石が下を向いて唇を噛み締めている。こんな切な気な千石、初めて見た。普段のヘラヘラした笑顔からは想像もつかない。…あれ、何でだろう。千石を見てると胸の奥が締め付けられる。そう、この感情は…愛しい。


『…別に南とは付き合ってないよ。誰があんな地味'sなんかと』
「…それ、ほんと?」
『そうだってば』
「よ、良かったーっ!!」
『わっ、ちょっ、抱き着かないでよ!』
「名前が好き。本当に好き。言っても言っても足りないくらい好き」
『ちょっと、千石…!』
「俺、本気で名前が好きなんだ」


至近距離で、しかも今まで見せたことのない真剣な千石の顔。目の前にあるその瞳に捕えられ、視線が反らせない。胸は壊れるんじゃないかってくらい高鳴ってる。それは千石にも聞こえそうなくらいに。


「名前の気持ち…ちゃんと聞かせてよ」
『わっ、私は…』
「……」
『私は…っ』



軽い奴は嫌い。でも千石は嫌いじゃない。千石と話せなくて寂しいと思った。他の女の子と話してるのを見て苛々した。胸が痛んだ。そして千石のいつもとは違う表情に魅入ってしまっている。愛しいと思ったしあり得ないくらい緊張してる。こんな感情、千石に持っていたなんて知らなかった。
…違う。知らなかったんじゃない。知ろうとしなかったんだ。自分の気持ちと千石にはっきり向き合うのが恐かった。千石を好きになったら後悔するって何処か心の内で思っていた。本当はとっくに好きだったのに。私は臆病者だ。でも、今ならちゃんと向き合える。自分の気持ちを伝えたいって思えるくらい、今では千石が好きなんだ。


『…私…も、千石が好き…かも』
「…マジ?」
『う、うん』
「本気で言ってる?」
『だからそうだって』
「…っ名前ー!大好きー!!」
『ちょっ、抱き着かないでってば!しかも叫ぶな!』
「愛してるーっ!」
『あーもう…』


千石はさっきとは打って変わって満面の笑みで私を抱き締めた。まるで猫みたいだ。こんなに近くに千石が居たら心臓の音が聞こえそうで怖かったけど、千石からも同じくらい大きな心臓の音が伝わってきたから安心した。そしてそれが無性に嬉しくて、今日ぐらいはされるがままでいっか、なんて思ってしまった。




「おっ、名字」
『あっ、地味's』
「だから…はあ。もう良いや」
『で、どうしたの』
「いや、一応礼を言おうと思って」
『何で』
「あれから千石の奴、急に元気になってさ。今ではハイテンションすぎて困るくらいだ」
『私は別に何もしてないけど』
「本当かぁ〜?」


南のこの反応からすると何も知らないらしい。と言うことは、千石は南に何も言ってないのだろう。なら私も言う必要はない。
そんな事を考えてると、向こうの方からちょっと焦ったような千石が走ってくるのが見えた。オレンジ色の頭は見付けやすくて楽である。


「ちょっと南!近い!」
「ああ、千石じゃないか」
「名前にあんまり近付いちゃダメ!」
「何でだよ」
「名前は俺のなの!ねー、名前」
『いや、まぁ…うん』
「はっ?そうなのか?」
「…第一また名前が南とお似合いなんて言われたくないし」
『うん?』
「名前とお似合いなのは俺だから」
『ちょっ、』
「はいはい、分かったって。じゃあ邪魔者は立ち去るよ」
「もう来なくてもいーからー!」
『…千石。何、嫉妬?』
「…悪い?」
『いや?可愛い』
「なっ!…でも、名前の方が何倍もかわいいよ」
『ちょっ、だからそう言うこと平気で言わないでってば…』


前までは何とも思ってなかった台詞が今では凄く恥ずかしい。何が恥ずかしいかって、千石の台詞一つで馬鹿みたいに喜んでる自分が一番恥ずかしい。でも、嬉しさの方が何倍も勝っているのもまた事実で。私は赤く染まっていく頬を隠すために千石の胸に顔を埋めた。…中々大胆だな、自分。


「名前?」
『…千石、ありがと』
「…キヨ」
『えっ?』
「そう呼ばないと此処で名前への愛を叫んじゃうよ?」
『それは却下。んーと…キヨ?』
「……」
『えっ、ダメ?』
「もー名前かわいすぎ!大好きだー!!」
『結局叫んでるじゃん!』


千石…キヨが愛しい。愛しすぎる。こんな日々が永遠に続けば良いのに。と柄でもないことを思ってしまったのもきっと全部キヨの所為だ。でもこんなのもたまには悪くない。そう思うとまた自然と顔が緩み、我ながら気持ち悪いと思った。




091214 りく


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