金さえあれば〈1〉
そうやって、ああ、自分の首絞めてる。
「礼だ」
ヒラヒラと八枚の万札が金髪の頭をかすめて、リノリウムにただのゴミみたいに落ちる。
俺を心底憎いって眼が俺を殺そうとする。憎悪。純粋な。
その目が俺を射殺そうとする。
「金が欲しいんだろ、受け取っとけよ」
ああ、自分の首、絞めてる…
ーーーーーー
「なあな、またDの担任変わるんだってよ」
「またかよお。つーか、中里だろ。」
「やっぱ?てか最近D組荒れすぎ。やばくね?」
「やべーやべー。あれ、もう笑えねーよ、学級崩壊っつーの?」
「中里とツキタチ、一緒になってリンチしてるって言うし…」
「なんで校長とか黙ってんだよ…」
「そりゃーあれだろ、医者のムスコだから」
医者の息子なんて、何にも良いことなんてない。少なくとも、17歳の現在までそれで得したことはない。
「ナカサト」
金髪をカチューシャでとめてオールバックにして、
黒い制服のズボンは裾ぼろぼろになるくらい踏んづけちまうくらい腰ばきで、
ゆるいそのベージュ色のカーディガンのちっさいポケットにいっぱい飴玉入れて、
俺にゆらゆらと手を振りながら近寄ってくる、長身の男、月館。
「ツキタチ、」
「また担任変わったんだって?もたねーな」
月館は他人事のようにそう言う。
俺は月館とは正反対の人間。黒い髪、きっちり規定通り着こなされた綺麗な制服、
ノンフレームの眼鏡。
お決まりな、優等生姿。でも中身は月館とおんなじだ。
「お前が骨、折ったから…骨さえ折らなきゃ、今度のはもうちょいもってたはず」
「はいはい」
話を適当に流してツキタチはポケットから飴を出し、ベリッと袋を開ける。
「カリカリすんな、すぐに次のオモチャは来るよ、中里くん」
ぽん、と肩に手を置かれて、ギロリと隣の男を見やる。そんな俺の視線を気にすることもなく、ぽいっと飴を口の中に放り投げた月館は、その袋を廊下の窓から風に乗せ、鼻歌を歌いながら廊下を去っていった。
「オモチャ…か」
少し下がってきた眼鏡をくい、と指で押し上げて俺は月館とは反対方向に歩き出した。
「…誰でもいい…」
そう、誰でもいい。俺の欲望を満たしてくれれば…
ーーーーーー
予備校の帰り道、派手な大通りを一人で歩いていたら、スーツを着た男に声を掛けられた。
「ねえね、きみ、」
「サラリーマンですか?」
「まあ、そーだね、建築関係だけど」
通りで人とは違うにおいがするもんだ。
…いや、それだけじゃない、か…
「八万出せる?」
「ッエ?はち!?たっかいんだね、きみ」
「出せないなら、もういいよ。用はない」
俺がさっさと歩き出すと男は慌てて着いてくる。
「あ、ちょっと待ってちょっと待って!
いいよ、八万で!」
その言葉に足を止め振り返る。
「払えるの?」
「はは…こう見えても俺経営者なんだよ」
「そう。言っとくけど、これは安い買い物だよ。なんたってあんたは今からこのキレイな高校生を犯すことが出来て、しかも、このことを内密にしといて貰えるんだから」
「はは、随分と自分の価値を知っているようだ。しかし、きみはこのことをバラされても問題ないのかい?」
「問題ない。あんたも同時に誰かにバレたいならそうすればいい。」
「…参ったよ。そんなことはしない。さ、行こうか」
「ああ」
気付かないまま何を通り過ぎたとしても、俺はいとわない。
それが大切なことだったとしても、気付かないフリをして生きていく。
ーーーーーー
「…ッあ、んはっぁ、あっ…」
喘ぎ声が止まることはない。
男の指が、男の節張った手が、ざらざらとした感覚で俺の滑らかな肌を滑る。
乳首は赤く熟れて、吸い上げられる度、我慢汁がしとどに俺の亀頭を濡らした。
「…ッは、最高だ、…挿れるよ」
ズンッと、解されてローションでぐちゃぐちゃになった俺のアナに男の熱いイチモツが入ってくる。
「…っうっはあっ」
「ああっ、きみの中は凄いな…」
ズッズッと男が抜き差しを繰り返す。その律動が俺を激しく揺さぶる。
「あっ、…ぁあっ、んっ、あ、はぁっあっあっあっんんっんっーー」
全ては何のためにあるのだろう。
俺は何のためにこんなことをしているのか。
ズリュウッと男の熱いモノが俺の前立腺をかすめて、
俺は考えることを放棄した。
――――――
「ツキタチ」
柄の悪いのばかり集まっている廊下の端まで行くと、そんなに皆格好は変わらないのに、月館だけがやけに目立って見えた。
「ん?あ、中里くんじゃん」
月館はしゃがんだまま、歯を見せて笑った。
俺は無機質にその顔を見下ろすと、ポケットから八万を取り出して、しゃがんだ状態の月館の頭に放った。
パラパラと、月館の周りに万札が散る。
月館は放心したような表情で俺の顔を見ていたけれど、嫌味な笑みを作って立ち上がる。
「…お前ら、お医者さんのムスコの中里くんがお金くれるってよ、取っとけ」
ヒューと仲間の一人が口笛を吹いて、数人が月館の足下のお札を拾っている。
月館は軽蔑したように高い身長で俺を見下ろすと、ハッと馬鹿にした笑い方をした。
「…何のつもり、中里」
声は低く、冗談ではないことが解る。
「お礼だ」
「お礼…?なんの?」
「日頃…協力して貰っているからな」
一歩、月館が俺に近付く。威圧的なその態度に後退りするが、目は逸らさない。
「はっ……お前の父親の薄汚ねえ金なんざ要らねえんだよ」
凄まじい眼光で俺を睨み付けると、月館は俺に思いっきり肩をぶつけて、横を通り過ぎて行った。
一枚、二枚、と下品な手つきで目の前でしゃがんだ男が俺の放った万札を数えている。
その手つきが昨日俺をいじくり回したあのサラリーマンのかさついた手と重なって、目眩がした。
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