わたしはふらふらと歩き続け、どこか知らない町にたどり着いた。
数多のビルの群れと街灯がその町をまぶしく照らしていた。
月はビルが高すぎて見えない。

「どこなんだろここ…ね、ウパー」

ウパーは小さく鳴いた。
ここに来るまでに野生のポケモンと遭遇してかなり体力を消耗している。
わたしはその町のポケモンセンターにすぐに入った。

入ると、男の子が椅子に座ってぼうっとしているのがすぐに目に入った。
帽子を被っていたけど歳が近そうだなと思った。この人なら助けを求められる。
わたしはその男の子の向かいに座った。男の子は、無表情で私を見つめた。

「あの、すみません」

わたしは切り出した。

「何?」

男の子は無表情のまま、わたしの言葉に返事をした。

「わたしを匿ってください!」

男の子は飲んでいた水を、思い切り噴出した。
わたしが今言った言葉と、男の子の反応がジョーイさんと受付の人の視線をざっと集めた。
男の子は声のトーンを控えて返事をする。

「何なの、お前」
「わたし、匿名。
わたしには兄弟がいるんだけど、わたしその兄弟達に売り飛ばされそうになってるの。
明日の朝には売り飛ばされちゃうから…少しの間でもいいから、匿ってくれないかな?」

急にぺらぺら話し始めたわたしを見て、男の子は少し驚いたようなリアクションをした。

「お前さあ……売り飛ばされ先の相手、誰か知ってる?」

男の子が呆れたように言う。わたしはぶんぶんと首を横に振った。

「お前の兄弟、もしかして3つ子でデント、ポッド、コーンって名前?」

わたしは首をおずおずと縦に振る。
男の子はその瞬間、ニィと口を三日月のように歪ませた。

「売り飛ばされ先、俺」
「…へ?」

わたしは全く彼の言っていることが理解出来なかった。
売り飛ばされ先が、目の前の、え?
頭がショートしたように真っ白になった。

「今日から俺の奴隷人生がんばってネ、ナマエチャン」

男の子がわたしの頭をぽんぽんと軽く叩きながら鼻で笑い飛ばした。

「俺、トウヤっていうんだけど。
チャンピオンやってんだけどさあ、だるいんだわ正直。
暇つぶしにあいつらの普段食ってるクッキーにお前売り飛ばしたくなるような薬盛っといたら見事にビンゴ。
お前が逃げ出したって聞いて一瞬どうなるかと思ったけど、自分から来てくれて良かったわ」

わたしの中で全ての謎が解けた。だから兄弟の様子が最近、おかしかったんだ。
クッキーを食べはじめて少ししてから段々態度が冷たくなってきたのも、
全部この目の前のトウヤのせいだったんだ。
兄弟に対してわたしを心底嫌っていなくてよかったという安堵感がわたしの中で生まれた。

「まー散々薬盛ったのに、中々お前を買い取ること承諾しなくて。
お前達の母親人質にして大金払うつったらやっと納得したくらいだから、
相当お前のこと3人共好きだったんじゃねーの?」

とトウヤは続けた。わたしは、3人の気持ちを初めて知って、3人のことで初めて泣いた。

「何泣いちゃってんの?今更にもほどがあるだろ。」

トウヤは人に傷を作って、さらにその傷に爪を立てて、抉って、
その上から消毒液をだらだらと掛けるタイプだとわたしは強く思った。
わたしはクッキーよりもこのトウヤが嫌いになった。
あのクッキーは表面上は甘かったけれどトウヤの言葉は表面の時点で逃げることを許さない。
わたしはもう二度と見ることの無いであろうクッキーの形を思い浮かべながらトウヤの目を見つめた。
トウヤの目は、あのクッキーのように妖しくわたしを捉えて離さなかった。


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110213 title:bamsenさま

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