セブンデイズ・マジック | ナノ



結果から言うと、両親はトウヤを暖かく迎え入れた。

はじめは突如やってきたトウヤに狼狽えていたが、トウヤはなんと名前に対する態度と掌を返したように両親へとてつもなく礼儀正しく、紳士的に振舞った。
そのせいで、両親はすっかりトウヤのことを気に入ってしまったらしい。

朝起きて名前はそのことを真っ先に思い出した。
トウヤは昨日のことがショックだったのか、そもそも元からそんな生活だったのか、幸いまだ起きて来ていない。
名前はトウヤを頭の中から追い払いたくてなるべく早く仕度をし、玄関から出ようとする。ここまでは順調だったのだ。

「とろいなあ、とっとと行けよ」

後ろから聞こえるはずの無い声がする。…もしかして。
名前はおそるおそる振り向いた。居たのはやはりトウヤ。
朝からこんな大魔王に送り出されるなんてわたしは不運の代名詞だと名前は心の中で嘆いた。

「なあに間抜け面してんだよバーカ」
「…いつの間に起きてたの?」
「最初から起きてたっつうの」

ケッとトウヤは言いながら鼻で笑う。
様子を見に行った時には思い切り可愛らしい寝顔を晒していたことを伝えたら怒られそうだ。すごく。

「そうなの。朝ごはん食べた?」
「いいやまだ」

「じゃあキッチンに置いてあるから食べててね。わたし学校行かなきゃいけないから、それじゃあ。」

名前がトウヤにくるりと背を向けると、くいっと袖を掴まれる。

「どうしたのトウヤ」
「……行くなよ」

トウヤはそっぽを向きながら答えた。
1人別世界に放り込まれてさみしく感じているのかもしれない。
しかし、名前は名前の日常を送る必要がある。
少し開いた玄関ドアの隙間から、走って登校する同じ学校の生徒が見えた。
玄関には時計が無いが、走らないとまずい時間なのは確かなようだ。

「遅刻しちゃうよ」
「いーじゃん。行くな」

トウヤからは一向に袖を離す気配が無い。
ぶすっとしながら名前の制服の袖を掴んで、その裾を見つめている。キッチンから早く行きなさいという名前の母の声がした。

「ごめんね、帰ったらね!」

名前はトウヤの手をふりほどき、ぽかんとしているトウヤを置き去りにして長い坂道を駆け出した。

***

…行ってしまった、とトウヤは駆けていく名前の背中を見送る。
トウヤは例え遅刻しようが、掴んだ袖を離すまで名前は無抵抗で居ると根拠の無い自信を持っていた。それがあっさりと裏切られてただただ意外だった。

そのうち名前の母が寒いからとドアを閉めた。 トウヤは玄関に用事もないのでキッチンへと行く。


昨日座った席と同じ所に座り、目の前に置かれたシチューを見る 。椅子から伝わってくるささやかな冷たさとは反対にシチューは出来立てという風に湯気を立てていた。

「これ、お母さんの自信作なの。ささ、食べて食べて」
「はい…いただきます」

トウヤがスプーンでシチューをすくうと、名前の母は安心したように微笑みを浮かべ、作業に戻った。
母親独特の温かい味がそのシチューには溢れていてトウヤの口元はわずかに緩む。

口元と皿、交互にスプーンを移動させながらトウヤは考えた。
この世界にはポケモンが存在しない。昨日名前に言われた言葉だ。
ポケモンがいない代わりに、トウヤの来た世界より少し、自然をうまく活用したり科学の力が優れているのだと名前は言っていた。
ポケモンの居ない世界というのは不思議な感覚だ。 向こうの世界でダイケンキ達は元気にしていたらいいけど。

なるべくダイケンキ達のために早く帰りたいと願った。それが名前にとってもいいだろうと思いながら。


朝食を食べ終わってからトウヤはずっと暇だった。
生活用品を一式、おののくような早さで用意してくれた名前の両親に感謝の気持ちを沸かせながら、暇だった。
名前の両親は仕事に行き、トウヤは1人この家に居る。
好奇心から点けてみたテレビはポケモンの話題なんてもちろん出るわけも無い。
通販番組とワイドショーのチャンネルを往復している。ドラマはとても見れたものではなかった。女の世界が恐ろしいことをトウヤは改めて実感した。
帰ってきたら名前を思い切りこき使えば少しは暇を潰せると思えば、トウヤの機嫌は良くなった。

***

名前は走っていた。
トウヤが名前の帰りを待っている気がしたが、咲と話し込んでしまったからだ。
トウヤの話題ももちろんその中にはあった。
咲から聞き出した外見の特徴からして、この世界に来たのはトウヤで間違いなかった。なにより本人がそう名乗っている。

「ただいまー…」
「おかえりなさいませ、ひなたサマ。随分遅かったじゃないですかあ?」

漸く家にたどり着き、玄関のドアを開けると、そこには頬を膨らませ明らかにすねてます、という雰囲気を放っているトウヤが居た。

「いやうん…えっと…ごめんね?」

「べっつにィ?暇すぎて途中から死に掛けてたとかそんなんじゃないしィ?」

そう言ってトウヤは朝のようにそっぽを向いてしまった。
名前は困り果てた。いつまでも魔王様を放っておくわけにもいかない。なにしろ両親にすれば大切なお客様状態なのだから。

「ご、ごめんってば!なんでもするから許して!」
「じゃあ今日1日お前パシりね」
「えっ」

やられた。名前は思わず舌打ちしたくなった。またこのパターンだ。
しかし昨日とは違い、トウヤは窓のほうを見つめながらまだ頬を膨らませていた。

「さっさとジュース買って来い」
「はーい…」

名前は財布を持って制服のまま、朝と同じように坂道を駆けていく。
自販機が学校に比べて近くにあってよかったと思いつつ、トウヤちくしょうと思いつつ。