セブンデイズ・マジック | ナノ



放課後、ひそかに勉強大臣と呼ばれている教師に急かされ過ぎて疲れ切った名前と咲は、喫茶店でくつろいでいた。

咲は最近出来た仲がいい部類に入る名前の友人だ。
勉強なんかよりも恋とかおしゃれとか噂とか、そういったモノが大好き。
趣味は全く合わないが妙なところで馬が合う名前達は自然と行動を共にするようになった。

咲がひたすらに喋ってる所に適当な相槌を打つのが名前の役目だ。
今日も明日も明後日も、それだけは変わらないと名前はよく実感する。

この人は話すのを辞めれば死んでしまうのではないかと思えるくらい忙しなく動いていた口を咲は止めた。
あ、死んだ。名前はそんなことを思ってみるが当然目の前の彼女は生きている。
名前のほうをじっと見つめる咲と視線が絡み合う。咲はゆっくりと口を開いた。

「ねえ、知ってる?」
「なにその豆し●ば的始まり方」
「隠しきれて無いから!」

咲は大きな音を立てながらココアをストローで吸い切って、コップをテーブルの上においた。

「最近『神様のメールアドレス』っていうのがあって、そのアドレスに願い事を書いて送信するとなんでも一つだけ願いが叶うんだって!」
「夢見がちだね咲は……」
「知らないの?これ結構叶うってクラスの子が言ってたよ?」
「流行りものだよ流行りもの。幽霊出ないのに出るとか言われる心霊スポットみたいなもんじゃないの」

成績の危機を直視できずに現実逃避する女VS脳内に夢と言う単語が一欠片も無い女。
こんな会話だけ聞いていたらどっちもどっちだろう。
もし自分が男の子でどちらか選べと言われたら、正直どっちも選びたくない。名前は思った。
名前はどうでもいいですよと言わんばかりの態度でストローで氷をからんからんとかき混ぜる。

「そこで!名前に協力してもらいたいワケ!」

咲が名前の方向を思い切り指差した。
後ろを向いてもお上品な模様の壁があるのみ。

「もしかしてわたし?」
「当然!」
「咲携帯なかったっけ?」
「こないだ別れた彼氏と喧嘩したときに川に投げ捨てられた」

あまりにもショッキングな咲の言葉にしばらく何もできなかった。
野球選手に投げられた携帯電話がわたしの後頭部へ直撃したくらいのショックだ。
名前は目眩がしてくるのを堪えた。

「え、なに、元彼って」

咲は名前の言葉を無視してご注文がお決まりになりましたら押してくださいボタンを連打した。
何度もなる呼び出し音はもはやちょっとした音楽となっていた。
さらに乗り気になって連打する咲へ、店員さんが苦笑いを浮かべながら慌てて駆け寄ってくる。
店員さんに咲がおかわりを要求すると、店員さんは また慌しく駆け去っていった。
この店は内装はいいのにお客(咲とか咲とか咲とか)や店員はどうもマナーが悪くて困るのだ。

「そういうコトだからさ、携帯貸して!」
「どうせメール送るんでしょー?気が引けるなあ……」
「明日放課後奢る!」
「よし来たどんと使え」

今まで名前が咲のマシンガントークの合間に黙々と弄っていた携帯を咲が強奪する。
ピピッ。打ちかけだったメールを光の速さ(名前にはそう見えた)で削除する咲。
何すんだと内心思いつつ変な荒波を立てたくないので名前は黙って咲の指の動作を見ている。
咲はあっという間にアドレス入力を完了した。

「神様どっとじぇいぴー……そんまま過ぎない?」
「いいの!」

胡散臭いにも程があるだろう。
携帯に向かって咲は何かものすごい剣幕でお祈りをしていた。
わけのわからない呪文まで唱えそうな勢いだ。夢見がち恐るべし。
咲はまた何か願い事を入力して、あっという間に送信を完了させた。携帯を名前に突き出す。

「……なにか言うことは?」
「アリガトウゴザイマシタ」
「宜しい」

これには軽く怒ったが咲がお礼を棒読みで言ってくれたので名前は許したということにしておいた。
その瞬間少女漫画の主人公よろしく咲の頬はピンクに染まり目は潤み顎の前で両手の指をがっちり組んで、
アタクシの念願の夢が今やっと叶うのね!というようなうっとりとした表情になった。

「えーと…なにしてんの咲チャン、ここ喫茶店なんだけど」
「これでトウヤ!トウヤがこっちの世界に…!」

ウフフウフウフと奇妙な笑い声をあげる咲に店中の視線が釘付けだ。

「トウヤって確か、咲が言ってた新しいポケモンの主人公…でしょ?」

恋愛や噂大好きな咲にはさらに好きなものがある。それはゲームだ。
最近はポケモンにはまっているらしい。その前は長すぎて名前も覚えていない。

「そうなの!ウフフフ待っててねトウヤ今迎えにいくから!そういうことだから名前じゃあね!」

散々トウヤトウヤと喚いた咲は、席を立ち上がったかと思うと、 満面の笑みでぶんぶん手を振りながら去っていった。
あんなメール、叶う訳が無い。
そう思いながらレジに向かったときようやく名前は咲に食い逃げされたことに気がついた。