ガーネット | ナノ


わたしは裏庭で本を読んでいた。
風にページが巻き込まれそうになるので抑えては捲りをひたすら繰り返す。ぴかぴかの図書室で借りてきたそれは、色褪せた詩集だった。
理由は分からないけど、春になるとどうしても詩集が読みたくてたまらなくなる。
のどかに降る光の中で時間を気にせず詩集をめくっていると、
友達、家族、学校、勉強そして自分。気にしなければならないことを全て忘れられるからかもしれない。

特に今日はあたたかくて、絶好の詩集日和だ。
たまに吹く春風以外は何も気にすることもなかった。だから、本当に全てを忘れていたのだ。周りに注意を配ることも。

「なあ、それってガーネットだろ?」

急に、わたしの座っている場所がすっぽりと影に覆われた。飛び上がりそうなほど驚いたが、少し考えると声の主は思い出すことができた。
同じクラスのポッドくんだ。
彼について知っていることといえば、同じ学年にデントくんとコーンくんという兄弟がいる三つ子であること、
そして、髪や目は燃え盛るように赤く、やはり彼自身も常にエネルギッシュな性格をしていることくらいだ。
顔覚えの悪いわたしが、入学し、同じクラスになってからまだ2週間も経っていないのに
彼のことを覚えられたのはやはり髪や目の色、そして性格が印象的だったからだ。

「…これは、ルビーだよ」

嘘だろ、そんなことを言いたいのがハッキリ分かるほどポッド君は大きく目を見開いた。
元々大きな目が、わたしの方へこぼれ落ちてきたらどうしよう。
そう思いながらわたしは手を胸元へやる。

「嘘だろ?」
「嘘だよ」
「嘘かよ!」

ガーネット。
わたしの首から下げられたペンダントに使われている宝石のことだ。
全てを飲み込んでしまいそうな程深い赤色をしているのに、
空に向ければ宝石自体の色とは一転、
絵の具を溶かしたような透明感のある赤い影を落とすところがわたしは好きだった。

ポッドくんは髪も瞳も赤い。
だけど、ガーネットの持つ赤さとは全く違う赤だ。
わたしはそれが不思議で仕方なく、じっとポッドくんの赤い瞳を見つめる。
髪ほどではないが、鮮やかな赤色の奥に映るわたしと見つめあっているような、そんな錯覚に陥る。

「な、なんだよ!」

どれくらい見つめ合っていただろうか。
ぼんやりわたしのことを見つめていたポッドくんが、
思い出したかのように慌てふためきだすと、周りの景色も慌しく動き出したような気がした。
走り去るように強い風が吹き、桜が薄い花びらを散らす。
まさか今考えていたことをありのままに話す訳にもいかないので、言葉の海から適当なものを引っ張り上げてくる。

「ううん。宝石とか好きなんだなって」

「…コーンが詳しいんだよ、そういうの」

「コーンくんって兄弟の?」

照れ隠しをするようにポッドくんは頭をかいた。耳がほんのり桜色に色づいているのはやはり、恥ずかしかったのだろう。

「…アイツ、『お前に似合う』っつってさ、それと同じの買ってきたんだ」

ぼそぼそと、実に彼らしくない調子で話を続けた。桜色だった耳があっと言う間に彼の髪に近い色相へと塗り替えられていく。

「ほら」
「本当だ」

わたしのペンダントと同じものがポッドくんのポケットから取り出された。二つのガーネットは光を透かしているからか、自ら光っているようにも見えた。

「ポッドくん」

お世辞でもなく、ごく自然に言葉が滑り出す。

「似合ってると思うよ、ガーネット」

少しきょとんとしたあとに浮かべた彼の笑顔を見てもう一度、心からそう思った。




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