▽ プロローグ



これはわたしが

失くした名前を取り戻すまでの記録







日が暮れるまでにはまだ早いくらいの放課後、
わたしとブン太は久しぶりに同じ帰り道を歩いていた。

「そういえばブン太ってなんでテニス部に入ったの?」
「なんでだと思う?」
「痩せるため」
「ンなワケねーだろぃ!」

この春、わたしとブン太は立海大附属中に進学した。
全国に名を轟かせる強豪テニス部に入ったブン太と、ただの文化部(響きがブン太部みたいだ)に入ったわたし。
当然のように登下校時刻もバラバラになり今までのように一緒に帰る機会は減った。
しかし毎週水曜日だけは特別だ。

「あー!『棍棒』楽しみだなあ!」
「毎週それだよなあ、千春……」
「だって楽しみなんだもん」

毎週水曜日、それはわたしがこの上なく愛する刑事ドラマ『棍棒』の日!
この日ばかりはブン太の部活が終わるまで待って、ブン太と帰って、ブン太と一緒に棍棒を見る。
そのせいでブン太は毎週この言葉を耳にタコができるほど聞かされている。
といっても、わたし達は恋人同士なんていう甘い甘い関係とは到底遠い所に在る。

学校からわたしの家はまあまあ近い。立海大附属中から徒歩十五分。
ブン太の家とわたしの家はもっと近い。なんてったって向かい同士。それもわたし達が豆粒のように小さい頃から。
つまり、わたしとブン太は幼馴染だ。

「「あ」」

呆れていたブン太とそれを見て笑っていたわたしが思い出したかのように声をあげる。さすが幼馴染というべきか、タイミングはぴったり。

「「今日棍棒、繰り上げで早くやるんだった」」

ここまでぴったりと被さったなら普段はお腹を抱えて笑うか怒るかしているだろう。
時計を確認すると、今日の棍棒が始まるまであと5分。
わたし達がこのまま歩いていればどちらかの家まであと10分はかかる。
そして、どちらから言い出す訳でもなくわたし達は走り出した。
理由はただ一つ…………棍棒に間に合わせる為に。


走り出して早数分、ようやく自宅が見えてくる。距離としては大したことは無い。だけど、気持ちとしては一時間にも二時間にも感じた。
この調子なら間に合うだろう。わたしはブン太の少し後ろを走りながら追っていた。さすがテニス部、足が早い。

ブン太が家の目の前の交差点を渡ろうとした時、野性的な色をした自動車が猛スピードで飛び込んできた。

「ブン太、危ないっ!」

気がつけばわたしはさっきよりもずっと早く風を切り、ブン太を押し退けていた。息をつく暇も無く車とわたしはぶつかってあっけなく体が宙へ投げ出される。
金色の髪をした運転手も、ブン太も、宙に浮かぶわたしを呆然と見つめていた。
……ブン太が助かってよかった。
ブン太と目が合ったのでふにゃりと笑ってみせると、ブン太の目が見開かれる。
嫌な浮遊感の中わたしが最期に聴いたのは、
今までで誰よりも大きくわたしを呼ぶ、大切な幼馴染の声だった。


「   !」






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