▽ 08



外へ出ると、土のにおいが胸を通り抜けた。

神の国へと来た時、わたしは四季の庭にいた。
お屋敷の周りは春の庭なのだろうか。庭というには広いなだらかな丘には大きな桜の木、そして背の低い草や淡い色の花があちこちで日向ぼっこしている。
丘を歩き回っていたら見つけた小川や、そのせせらぎ。
お屋敷に向かっていた時は余裕が無くて分からなかった。
ここにはそれらだけしか時の流れを教えてくれるものは無い。時間という概念を忘れてしまいそうだ。
わたしは反射的に「春だなあ……」と呟いていた。

「気持ちいい天気だね」
「はい本当に…………セイイチさん!?」

まさか返事が来るとは思いもしなかったので、飛び上がるように横を向く。
セイイチさんは大きな伸びをして口元を綻ばせた。
わたしも真似して伸びてみると確かにこれは気持ちいい。体がリラックスするのが分かる。

「お仕事はどうしたんですか?」
「思ったより早く片付いて散歩をしてたんだけど……もしかしてずっとここに居たの?」

セイイチさんの物珍しそうな言い方から察するに、わたしが散歩をはじめてからもう数時間は経っていそうだ。
まさか本当に時間を忘れてしまうなんて。

「そんなところです」
「そんなにこの場所を気に入ってくれたんだね。嬉しいなあ」

フフ、と口に手を当てて笑うセイイチさんの笑顔は白い花だ。
繰り返される歴史の中でどんな汚いことを知っても、こちらがくすぐったくなるほどの優しさへと還してしまうのだろう。
笑顔一つで実感してしまう。セイイチさんが神様だという事実を。

心に薄い影が差したところでそよ風が耳元でささやく。
こんなにいい天気なのに何て顔してるんだい。元気だして。
…………実際声が聴こえたわけでは無い。そう自分を奮い立たせただけのことなのに、不思議と楽になった。

「……あ!お洋服ありがとうございます。すごく素敵です」

『白い花』の白繋がりで思い出してわたしは話題を変える。
洋服のお礼は元々しなければと思っていたけど、危うく忘れてしまうところだった……ワンピースが白くてよかった。

しかし、わたしの中ではセイイチさんでも洋服には詳しいのかという疑問が跳ね回っていた。
セイイチさんの服の着こなしも洗練されている。
失礼だけど焼き魚とトーストを同時に食卓へ登場させるセイイチさんが選んだ服とは思えない。失礼だけど。

「何か失礼なこと考えてない?」
「そ……そんなことないですよ!」
「嘘が下手だね、ハルは」

セイイチさんは同級生をからかうような調子で怒っているふりをした。
そんなに分かりやすいのかな……。いや、例え態度に出ていなかったとしてもセイイチさんなら見透かしてしまいそうだ。

「服はセレスが選んでるんだ。下界のことなら俺よりも断然詳しいし、喜んで調査にも行ってるよ?」
「え!?セレスさんが?ええええ…………」

「セレスさんが」の後に飛び出しそうになった「生きてたんだ……」という言葉を慌てて隠した。人間よりも随分丈夫なんだなあ。
それより、セレスさんはてっきり人間が嫌いなのかと思っていた。
わたしを見て何か捲し立てながら切りかかろうとしてきたからだ。ただ何か誤解をしていただけなのかもしれない。
人間を嫌っていると勘違いしていたことを素直に言うと、セイイチさんはゆるく首を傾げた。

「最近ちょっと暴徒がね……セレスも気を張っていたんじゃないかな。
普段はそんなことないんだけど、ごめんね」
「い、いえ……それより『暴徒』って?」

セイイチさんが明らかにしまったという表情を覗かせた。

どうしよう!何気なく聞いちゃったけど聞いちゃいけないことだったりするんじゃなかろうか……。
いやそもそも神様に聞いちゃいけないことって?
いやいや神様だからこそ沢山あるでしょう。
いやでもさ…………
だから、だからですねえ…………

脳内では第数回わたしサミットが開かれていた。
議論の決着はつかず、申し訳なさと気まずさで焦るわたしに気の利いた言葉なんて出てくるはずもない。
視線をきょろきょろさせてみたり、言葉の出ない唇を開いたり閉じたり。
へどもどしている内にセイイチさんが言葉を紡ぎ始めた。
答えづらそうに、それでも真剣に。



// 20131127






「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -