oyasumi | ナノ


「ねえ、べーやん」
「なんですか」
「神様っていると思う?」

べーやんは意味がわからないと言う風に顔をしかめた。
一人分のソファーが一人と一匹分、わたしとべーやんの体重を支えている。ポットから紅茶を注ぐと立ち上った湯気が、あっという間にべーやんを見えなくした。

最近よく考える。
生まれるのも、死ぬのも神様のさじ加減だったとしたら、どんなに悲しいだろう。

全部神様の気まぐれで、全部決められていたとしたら。

「そんなわけないでしょう」
「わたし、べーやんが居なくなったらさみしいよ」

口許へ運んだ紅茶に話しかけるようにもごもごと言葉を這わせる。
……本当は神様が居るのを知っている。天使が居るのも知っている。天使にグリモアを取られてしまえば悪魔が……死んでしまうのも知っている。

「何泣きそうな顔してるです」
「べーやん、べーやん、べーやんっ…………!」

言いたかったことはとっくにばれていたらしい。
ぼろぼろこぼれてくる涙が紅茶に落ちる。涙でしょっぱくなっていそうな紅茶が冷めてもべーやんの顔は見えない。ねえ、今どんな顔で息してるの、べーやん。

「ナマエさんを置いていったりはしませんよ」
「絶対に……?」
「誓いましょう」

そう言って、べーやんがわたしのお腹に抱きついてくる。
…………べーやんの肩が小さく震えていた。

「……悪魔でも泣くんだね」
「悪魔だって泣くんです」

人間だって、悪魔だって、死ぬことが、誰かが目の前からいなくなってしまうことは怖いのだ。なんだかほっとしてしまった。

わたしはべーやんの背中を何度もそっと撫でながら、膝の上の温かさがいつまでも続くことを、自分自身に願った。
天使なんかにグリモアを渡したりしないでね。じゃないとあなたの大好きな大好きな大好きなべーやんはどこかに行っちゃうからね。お願い、お願いします。


神様になどなれやしない

だけどわたしはいつかは分からない、けどそのいつかに必ず彼を置き去りにてしまう。そう、必ず。


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20130910 / title by 彼女のために泣いた さま
初べーやんでした