oyasumi | ナノ


※学パロ



この学校で誰が一番卒業したくなかったか。
多分、わたしだと思う。


わたし達は先ほど卒業式を終えた。
体育館は、もう手を伸ばせば届く距離に春はあるというのに嫌という程寒かった。
そんな寒さよりも卒業することのほうがもっと嫌だったのに、
卒業しないでいいなら寒くたって暑くたってなんでもよかったのに、わたしは卒業してしまった。時間って残酷だ。

皆がぞろぞろと校門を出て行く中、
わたしはなるべく誰の目にもつかないようひっそりと教室へと向かう。
在校生や教師に見つかってしまうと不審に思われるからだ。

「ここも、もう最後か」

元々はまぶしい程白かったはずだが、
現在は薄黒く汚れていている階段を上履きも履かずに上っていく。
なるべく足音は立てたくなかった。


三学年のフロアだった階の廊下は、当然人が居るわけもなくがらんとしていた。
わたしは迷うことなく一番奥の
物置代わりとなっていた教室へ歩いていく。
そして、ごちゃごちゃとした落書きだらけのドアを開けた。

「いた」
「いた、ってお前なあ……どうして戻ってきたんだ」

やはり、グリーン先生がそこにはいた。
先生は授業がないときは、なぜか職員室よりも大抵ここに居た。
特に行事で先生が見当たらなくなったときはいつもここに居た。
だから絶対にここに居ると思った。結果、先生はここに居た。

「……別に、なつかしくなっただけだよ」
「早すぎるだろ」

先生はため息を吐く。
困るといつも呆れたようにため息を吐く先生だった。
そのため息をもう一度聞けただけでわたしは嬉しい。

「グリーン先生」
「なんだ」
「わたしって欲張りかな」

なんだよ突然、と先生は今度は頭を掻いた。
先生の居る場所がぴったり分かっただけじゃ、
もう一生聞けないと思っていたため息を聞けただけじゃ、わたしは全然満足できない。

「わたし、卒業したくなかった」「先生のそばに居たかった」

なぜならば、先生のことが好きだから。
もっと先生を知りたい。あわよくばわたしに恋してほしい。
そう思って三年間過ごしてきた。
坂道を転がり落ちてゆく林檎のようにわたしの言葉は止まらなかった。

言った後に後悔したってもう遅い。
先生を見れば、もっと後悔してしまうのがわたしにはなんとなく分かっていた。
何も言わない先生の返事を、床に視線を落として、スカートの裾を握り締めながら待つ。


「毎年居るんだよな、そういう奴」

先生はどこか気まずそうに「困る」と続けて言った。
恐る恐る表情を伺うと少しどころか全く驚いた様子は無い。
わたしのことなんてこれっぽっちも見ていない。声のトーンから、その事実が痛いくらい理解できた。

「…になったら」

心と目頭が同時にかっと熱くなる。
目に辛うじてたまっていたものが、熱を持ったまま頬をすべり落ちていく感覚がする。
わたしがどれだけグリーン先生のことが好きだったのかを改めて思い知った。

「大人になったら、わたしのこと、今よりちょっとは見てくれるの?」

滲んだ視界が先生と教室の境界線を分からなくさせる。
搾るように出したわたしの声に先生が頷いた気がしたから、
わたしの世界はもう、先生すらよく分からなくなるほどぼやけてしまった。


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20130318 title by √Aさま
卒業記念