狩人夢 | ナノ

  02




狂気が、西の方角で膨れ上がっている。
あれは間違いなくヒソカだろう。
こうして気配を辿ってみると、ヒソカが飛ばされたのはそう離れた場所ではないようだ。
何か面白いものでも見つけたのか、その狂気はみるみる内に大きくなっていく。

「……団長」
「ん? 何だフェイ?」
「アイツどうするか?」
「……なんか凄い殺気立ってるね」

殺気の感じられる方角を見つめながら、団員であるフェイとシズクがオレの傍に寄ってくる。
ああなったヒソカはしばらく収まらないだろう。
……それにどの道、今回の仕事は終わっている。

「戻るぞ。ヒソカにはあとでオレから連絡しておく」
「りょーかい」

声を合わせた2人と共に、オレはこの場を後にした。



02.向けられた狂気



びくともしなかった足がこんなにあっさり抜けるなんて。念ってやっぱり凄いんだなと私は改めて実感した。

「ククク。はい、よく出来ました」
「あ、ありがとう」
「じゃあそのままオーラは足に集中していようね。また埋まっちゃうから……それとそろそろ下ろしてくれるかい?」

言われてはっとする。そういえばヒソカを抱えっぱなしだった。
急いでおろすとヒソカは私から視線を逸らし、ゆっくりと口元に弧を描いた。

「ククク」
「?」

持っていたナイフを器用に指の間で弄ぶヒソカの横顔に、私はどことなく違和感を覚える。
纏う空気が微妙に変化している気がした。ヒソカの持つ狂気――禍々しさが増したというか。なんだろう、ちょっと様子がおかしいかも。
私がそんな風に首を傾げていると、ヒソカは弄っていたナイフを手品のように消し、静かに口を開いた。

「……青い果実かと思ったら、ククク……ずいぶんと面白い」
「え?」
「ああ、欲情してきちゃったよ」
「ええっ?」

ぶつぶつと何事か呟きながら悦に入るヒソカは、なんというか言葉では表しがたい凶悪な顔をしていた。
あ、なんかこの人すごくヤバイかも。
何が彼に火をつけたのかわからないけど、急に欲じょ……興奮してるっぽい。
なんだかいろんな意味でぞっとして視線を自然に顔から下の方にずらしたけど、そのせいで見てしまった。
なんとヒソカは、

「勃っ……」

いやいやいやいやいや、見なかったことにしよう。
私は少ない記憶の中から抹消する努力に励んだ。
そんな間にも彼の感情に呼応して殺気が立ち込める。ざわざわと体中に戦慄が走った。不思議と恐怖は感じないが、心臓がドクドクと脈動しているのがよくわかる。
隣にいるだけで息苦しいほどだ。
ヒソカの殺気は、もちろん私だけでなく周囲の人間も感じているわけで、

「う、うわああああ、か、かかれぇー!」

慎重にこちらの様子を窺っていたガスマスクの男の1人が、耐えかねたように声を上げた。
それを皮切りに出店の隅に隠れていたと思しき仲間も一斉に飛び出してくる。
全員ガスマスク着用済みで、その光景はまさに異様だった。

「か、覚悟しやが……っ」

男の1人が言い終える前に、ヒソカが姿を消した。正確には走り出したのだが、ほんの刹那の出来事で瞬きをしていたら絶対に見逃していたと思う。
敵には残像すら捉えられなかったかもしれない。
四方から襲い掛かってくる敵を縫うように走って行くヒソカの手には、いつの間にかトランプが握られていた。
音もなく赤い閃光が宙を舞い、同時に盛大な血飛沫があがる。すれ違い様に男達の首や顔を呆気なく掻き切ったのだ。

「うわああああ」

断末魔がワンテンポ遅れて聞こえてきたけれど、そのときすでに男達の体は地に伏している状態で。
ヒソカは血に染まったトランプを片手に笑っている。

空には鮮血色の花火、地には本物の血だまり。

まるで悪魔か死神を見ているような気分だった。

……私は、どうすればいいだろう。どう考えをまとめてもヒソカは危険だ。ここから離れた方がいい。けれど足が動かない。
何故かヒソカから目が離せなかった。心臓がばくばくと慌しい音をたて、喉がからからになる。

「く、くそおおおっ」

私が戸惑っているうちに出店の影に隠れていたらしい残党もまた焦って飛び出してきた。
皆口々に「よくもあいつを」とか「絶対に許さねぇ」と言っているけど、ヒソカはまったく気にしていない。むしろ、新しい獲物を得て喜んでいるようにさえ見えた。

「クックック」

愉悦にまみれた形相は身の気がよだつほどおぞましい。
ヒソカは殺しを楽しんでいる? もしかしなくても快楽殺人者……?

「無関係のとこ悪いがてめえも道連れだ! 死にやがれっ」
「わっ」

突っ立っていた私の背後に投げられたナイフを寸でのところで交わし、素早く男の後方に回って首目掛けてきつい蹴りを入れた。
振り上げた足がどことなくぎこちない。ずいぶんと久しぶりに動かしたような感覚だった。

「このやろっ、ガキだからって容赦しねえぞ!」

一体何人いるのか、どんどん死角から現れる敵に驚くばかりだ。
幸い、敵の動きはあまり早くなかったので、私自身にぎこちなさがあっても対応には困らなかったし、彼らを倒しきるのにそう時間はかからない――そう思っていた、が。
ふと嫌な予感が胸を突く。
私は向かってくる男達に蹴りをお見舞いしながら、視線を走らせた。
そしてぐるりと回した視界の先、遠方にガスマスクを着けていない男を1人見つける。
これは単なる直感だった。
あの男はやばい。

私は有りっ丈の力を込めて地を蹴った。
すると予想していたより遥かに上回った速度で男の前まで辿り着く。
驚きおののいた男の手には小さなガスボンベが握られていた。その口からは微かに薄気味悪い黄緑色の煙が出ている。

これは――毒ガス?
反射的にボンベを蹴り飛ばし、反動を利用して男にも回し蹴りを食らわせる。
短い悲鳴をあげて悶絶した男の横で、私もまた膝をついた。

少し吸ってしまったかもしれない。急激に息が苦しくなり視界も歪み出す。体の芯からじわじわと痺れが広がり自由がきかない。
やっぱりさっきの煙は毒ガスだったみたいだ。

「やば……大丈夫かな」

浅くなった息をなんとか整えようとしてみるものの頭がぼーっとしてうまくいかず、いよいよ上体を起こしているのもつらくて片手をついたけど、一向に楽にならない。
ヒソカはあの状態だし、こんなところで倒れるのはまずいのに――そう思った矢先だった。

遠くに感じていたヒソカの殺気がこれでもかというほど膨れ上がる。
尋常じゃない気配に私は視線を殺気の方へと巡らせ、息を呑んだ。





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