![]() まったく今日はツいてないと思った。 ”彼”とようやく2人きりで戦えるかもしれないと期待していたのに。 実際は”彼”の他に団員が2人いた上に、予想外の敵の介入でどうやらボクは一瞬の内にどこかへと飛ばされてしまったらしい。 おそらく対象物を瞬時に移動させる念能力者だろう。 瞬間移動なんて初めての体験だよ。 珍しい能力だけど、きっと今頃は”彼”がその能力を奪っているはずだ。 ああ、そんな”彼”と早く闘(ヤ)りたいのに、なかなか叶わない。 瞬きひとつの間に変わった辺りの空気を肌で感じながら、ボクはひとつため息をつこうとして、しかしやめた。 「おっと」 近くになにやら面白い気配を感じる。 念を使える相手がひいふうみい……絶を使っている奴も含めれば10人以上はいるかな。その中でもとりわけ興味を惹かれた、真下にある気配。 これは青い果実かもしれない。湧き上がる高揚感に胸が踊った。 伸縮自在の愛(バンジーガム)で移動してもよかったけど、興味の方が勝って重力に逆らうことなく落ちてみる。 そして程なく、ボクを軽々と抱えた”彼女”の紫水晶のような瞳を見た瞬間、舌で唇をなぞっていた。 ああ――なんて美味しそうな果実。 01.出会いは始まり 頭上から降ってきた奇抜過ぎるスタイルの男性。 彼はもしかしてヒソカ? そう――ヒソカだ。 こんなインパクトのある人物、一度見たら早々忘れない。 サーカスのテントからそのまま出てきたような出で立ちの彼は、何故か舌なめずりをしてこちらを凝視しているけれど、そんなことより今は記憶が戻りつつあることに歓喜していた。 ええっとなんだっけ、どこで見たんだろう。 ……あああ駄目っぽい。真っ白だった記憶のカンバスに少しだけ色が戻ってきたと思ったら残念。彼がヒソカと呼ばれる人物であること以外、まったく思い出せなかった。 「ククク、考え事は終わったかい?」 計ったように掛けられた言葉。 私は瞳をぱちくりして、至近距離のヒソカに意識を向けた。顔が物凄く近かったことに今更ながら驚いたけれど、それ以上に目の前の瞳に吸い込まれそうな何かを感じた。 とても純粋な色。ただただ楽しさを求めている子供のような、不思議な瞳。 ――綺麗。 ついまじまじと観察してしまう。まるで漫画の1コマをじっくり眺めるように。 瞳もそうだけどメイクをしていても顔の造形が整っているのが見て取れる。 一言で表すなら美形。衣装とメイクさえ気になければ目の保養である。 「ん? ボクの顔が? こっちの姿で言われたのは初めてだなぁ」 「え、あれ、私声に出してた?」 「出してたね」 うわ恥ずかしい。なんてこったいと頭を抱えたくなった。 「素直な反応だね、全部顔に出てるよ。キミは……強化系かな?」 じーっと探るように覗き込まれて、ゾワリと背筋に悪寒が走る。着衣しているはずなのに全裸を見られているような感覚だ。 今すぐヒソカを腕から離して思いっきり後ずさりしたくなる。なんというか強烈だった。 「ど、どうだろ、強化系かはわからな……っ!」 存在感の在りすぎるヒソカに気を取られていたせいか、背後から感じた殺気に反応が遅れてしまう。 何か鋭い物が飛んできたように感じたけど、痛みはない。 「あっちはあんまり美味しそうじゃないな」 クツクツと喉を鳴らしヒソカがぼやいた。 首だけ後ろを向いてみるといつの間にか背中に回されていたヒソカの手に、小さなナイフが6本握られていて。 さらにその後方には2人の男が佇んでいたが、彼らもまたヒソカに負けず劣らずの奇妙な装いだった。 「ガスマスク、してる?」 「みたいだね、片方は具現化系かな」 「え?」 「おそらく念で作り出しているんだろうね、あのマスク」 つまらなそうに言うヒソカとは対照的に、私は焦りを感じ始める。 ”念”という言葉にもぴんと来た。あれだ、オーラを操る力だ。 強化や具現化など様々な系統が存在し、能力者はそれぞれ違った力を発揮する。 一般人からすると念能力者は脅威以外の何者でもない。動けないままで彼らと対峙するのは非常にまずかった。 私はどうしたものかと足を動かしてみる。 「ヌけそうかい?」 「……抜けないっぽい」 「ウソ、キミならヌけるはずさ」 にんまりと微笑まれ、私はもう一度力を込めたが、やはり抜けない。 びくともしないところを見ると埋まってしまった原因も念にありそうだ。念が使えればあるいは抜け出せるかもしれないけど、あいにくと今の私に念が使えるのかの判断は出来なかった。 「自転車と同じさ、一度乗れるようになれば体は絶対に覚えているよ」 思考を丸々読み取ったかの如く、ヒソカが諭すように言葉を紡いだ。 なんでそんな心が読めるの!? なんて疑問も浮かんだけれど、今は土から逃げ出すことが先決。私は気持ちを切り替えて、神経を集中させた。 落ち着いて。 大丈夫。 ……大丈夫。 迷うことなく指摘してきたヒソカの様子からして、私はきっと念が使えるのだろう。 目を閉じて視界を遮断すると体を覆うオーラがだんだんと輪郭を持った。全身を流れる潤沢な感覚。 ヒソカの言ったとおり、体はしっかりと覚えていた。 体を巡っているオーラ、これを練る。 強く、大きく、単純に。 「ああ……イイね」 微妙に上ずったような恍惚とした声が耳に届いたけど、とりあえずムシムシ。集中集中。 深呼吸をして、よし、いける。 そう思って足に力を込めた瞬間―― 「おわっとぉっ」 ずぼっと、それはもうあっさりと抜けた。 |