![]() いっそ悩めるならずっと悩んでいたかった。変な二択はどちらにせよ恥ずかしいことに変わりはないのだから。 けれど時間は無情にも過ぎていく。そろそろヒソカがバスルームから出てきそうだ。 私はうんうん唸った末、結局どちらの選択もしなかった。 そう、ベッドで待っている必要なんてないじゃないか! と、開き直った私はエントランスのソファにちょこんと座り、膝を抱えて縮こまっていた。ついでに絶で気配断ちも忘れない。 今日はここで夜明かししてみようと思う。こうやって体を起こしたままならあるいは悪夢を見なくて済むかもしれないし。 ヒソカが帰ってきたせいかびっくりするくらいほっとしている自分がいて、ふんわりと身を包む微かな眠気まで感じていた。 我ながら現金だ。ちょっと可笑しくてくすりと笑いながら私はヒソカの気配をそっと辿った。遠くでシャワーの水音が聞こえてくる。 不規則なようで規則正しいその音に誘われ、いつの間にか甘いまどろみの中へ身を預けた。 21.月明かりの賛歌(前) 「ちょっと予想外だったなぁ」 気配断ちをした段階でもしかしたら何かあるのかな、なんていろんな予想はあったけど、まさかエントランスで寝ているとは思わなかった。 「ボクはてっきりどちらかを選択すると思っていたのに」 冗談交じりに笑いながら小さな寝息を立てる彼女の隣に腰掛ける。器用に膝を抱えたまま眠っているけど、このままにしておいたら明日は体のあちこちが痛くなりそうだ。 起こしてみようかとも思ったけど、あんまりにも穏やかな顔で寝ているからやめた。そこまで大きくないとはいえ傍で声をかけてもまったく起きる様子がないのだから、触れても起きないかもしれない。 ボクはそっと彼女の体勢を崩し抱き上げた。やっぱり起きない。 「こんなに警戒心が働かないと、逆に心配になっちゃうな」 ボク限定なら大歓迎なんだけどね。 今の彼女には他の人との接点がまるでないから、その辺の判断は出来ないけど。 そんな事を考えながらロビーを移動していると、腕の中の彼女がようやく身じろぎした。 「ヒソカ」 「起きたかい?」 しかし彼女からの返事はない。顔を覗き込むと目はとろんとして思考はいまだ夢の中のようだ。 ボクを呼んだのは無意識なのかな。 「あ、れ……?」 しばらく彼女を観察していると目が覚めてきたのか瞼が忙しなく揺れた。そして周囲に目を向けたのち、ボクと視線がかち合う。紫水晶を思わせる瞳がこれでもかというほど見開かれた。 「え、ヒソカッ? もうシャワー終わったの? って、あれ?」 「ククク」 不自然な浮遊感と体勢に気づいたのか一気に体が緊張に包まれている。あまりの慌てふためく姿につい笑みがこぼれた。やっぱり新鮮だよ、こういう反応をされるのは。警戒や疑念といった負の色がないから尚更ね。 「こ、これはどういう状況……?」 「キミとボクが楽しい事をシに行くための状況」 甘くにこーっと囁けば、最初は何を言っているのかわからなかったのかきょとんとして、やがて見る見るうちに頬が朱に染まった。りんごみたいだね。 「えっ!? や、ちょっと……あの、とにかく下ろして貰えると嬉し」 「ダーメ」 ホント不思議だなぁ。これでもかってくらい甘やかしたい気持ちも大きいのに、彼女はボクの加虐心に火を付けるのもうまい。 やんわりと、しかし有無を言わせない響きで告げると、非常に”困った、どうしよう”という顔をされた。 ここまで顔に出ちゃうと戦闘のとき大丈夫なのかなぁなんて別の心配も出てくるけど、実際どんな戦闘するんだろうね、彼女は。 ああ早く見てみたい。ゾクゾクしちゃうよ。 「ヒソカ?」 じーっと黙って見つめているボクを不思議に思ったのか、彼女が遠慮がちにボクを仰ぎ見た。 さてどうしようか、なんて考えるまでもない。圧倒的にからかいたい気持ちが勝っている今のボクは、欲望のままあっさりと鞍替えをした。 「ボクはベッドで待っててって言っただろう? ダメじゃないか、ソファで寝るなんて」 「だ、だって……」 「悪いコにはお仕置きしなくちゃね」 「お仕置……っ!?」 予想外だったのかさぁーっと顔から血の気が引いていく彼女に満足しつつ、ああでもそういう顔されるともっとって気持ちになっちゃうなぁ。 「はい、到着」 ちょうど部屋に着いたので彼女をベッドに下ろし、そのまま上に覆い被さる。そういえばいつかもこんな状況があったけど、あのときとはずいぶんボクらの間に流れる空気に変化が出たね。 彼女と会ってまだたったの7日。でも何よりも鮮やかな7日だったとボク自身も思う。興味は日に日に深まっていくし、彼女の方も以前は警戒と恐怖に支配されていたのに今は少し違うようだ。 静かに沈んだベッドと、彼女の困っているけど拒否のない瞳がなんだか扇情的だった。 仄かな月明かりだけの室内に沈黙が訪れる。 |