![]() 超難関とされるハンター試験を受けた後、無事に合格したユーリはレオリオと共に彼の故郷へと来ていた。 医者になるべく猛勉強を始めるレオリオに付き合って、ユーリもまた役に立ちそうな本はないかと様々な教材と睨めっこの日々。 勉強はあまり得意じゃなかったけれど、苦に思うことは全くなかった。 やはり好きな人と一緒に居られる時間というのはほんわか暖かくて心地良い。 彼の役に立てるなら勉強に付き合うのも楽しかった。 ――はずなんだけど。 いつも通り朝食を取ったあとレオリオの元を訪れると、どういうわけか「お前1日くらい息抜きしてこいよ」などと急に言い出されて。 ユーリは思わずぽかんと口を開けた。 「も、もしかして知らない内に邪魔してた?」と聞いてみたところ「んなわけねーだろっ!」と即答されてしまい、じゃあどうしたのと再び問いかけてみると…… レオリオ曰く、ユーリに甘えすぎてる気がする、だそうな。 「お前が居てくれてよかったってのは、オレを見てりゃわかるだろ?」 ちょっと照れくさそうに言われてしまうとこっちまで照れてしまう。 レオリオは甘えすぎているなんて言うけれど、実際はユーリを気遣っているのだとすぐにわかった。 いつもいつも勉強漬けでは疲れるだろうと。 ユーリ的にはそんなことはこれっぽっちもなかったが、折角気を遣ってくれている気持ちを無碍にするのも気が引けて、結局暇を持て余しつつも外をぶらぶらしている。 予定がなくなったのでこうして街に出てきたものの、難しい医学書との格闘に慣れてしまったせいか、何だか外でのんびり過すということが出来なくなっていた。 どことなくそわそわしてしまい、そういえばこの間図書館で見つけた比較的砕けた文章の本、今日返却のはずだけどちゃんと返しに行くかな、とか。 あ、そろそろ休憩の時間。うわー、コーヒー用意しておけばよかった、とか。 "今レオリオはどうしているだろうか"ということばかりが頭をよぎる。 「だめだめ! レオリオだって1人で集中した方が案外捗ったりするかもしれない……し」 納得させようと自分に言い聞かせた一言に、思いがけず落ち込んでしまった。 とぼとぼ歩くユーリの気持ちをそのまま映し出すように、空までどんよりと曇っている。 やっぱり一緒の方が楽しい、って言ってしまえばよかったかな――なんて思ったちょうどその時、手元の携帯が僅かな振動と共にメロディを奏でた。画面に表示された着信の相手は。 「もしもし……レオリオ?」 『お、おう』 耳に心地良いその声を聞いた瞬間、言葉では表せないような懐かさを感じた。まだ別れて半日程度しか経っていないというのに、電話越しの声を聞いただけで胸がドキドキと跳ねる。 『……どうだ? ゆっくり出来てるか』 「……うん」 『そうか』 ならいーんだと、どことなく歯切れの悪い声が携帯越しに聞こえてきた。 まさかレオリオから着信が来るとは予想していなかったので嬉しくてたまらない。 ――でも、どうしたんだろう。 ほっこりしつつもユーリはふと首を傾げた。 「レオリオ、何かあった?」 『いや、特にねえよ』 「そう?」 そこで一端会話が途切れる。僅かばかりの沈黙が2人を包み、そして。 『……声』 「え?」 ――声……? 『なんだ、その……だーー、まどろっこしいのは性にあわねえ! だから聞きたくなったんだよ、ユーリの声がっ』 「……え?」 言われたことを理解するまで数秒かかった。あまりに唐突でそして本当に予想外の言葉。 「声……?」 『ああ』 「私の?」 『他に誰がいるんだよ……つーか』 一度言葉を切ったレオリオはそのまま暫く口を噤んだ。ユーリは黙ってレオリオが再び口を開く時を待つ。 『……今どの辺にいるんだ?』 「え? えーっとこの前オープンした可愛い感じのカフェがある辺りだけど」 『迎えに行くからそこでちょっと待ってろ』 「迎えって……レオリオ?」 『休めなんて言っといてなんだけどよ、やっぱお前いないとだめだわオレ』 失態を悔しがるような口調と共に紡がれた言葉が何度も胸に反響した。 ――お前がいないとだめだわオレ。 温かくなるような切なく締め付けられるような想いが心に灯る。 こんな気持ちが自分の中にあるのだと知ったのは、レオリオと出会ってからだ。 『お前が今何してんのかとか、ナンパされてねえかとか、そんなんばっか考えてんだよ。こんなじゃ小難しい医学書なんか読んでも頭に入らねえ…………って、ユーリ? おい?』 黙ってしまったユーリにレオリオの不安が受話器越しからでも伝わってきた。 「……競争」 『? なんだって?』 「私も会いたくなっちゃったから、急いで帰る。だからどっちが先に相手を見つけるか、競争ね」 溢れ出た想いをとめるすべなど持ち合わせていない。否、持つ必要なんてないのだ。 「私もさ、レオリオのことばっかり考えてた」 すると携帯越しでもレオリオが驚いている様子がわかった。ちょっとだけ、今度は本当に僅かな沈黙があって、 『……お前も、か』 心なしか弾んだ声音で言うレオリオに自然と笑みがこぼれる。 『よーし、絶対オレが先に見つけるから覚悟しろよ』 「ふふん、そっちこそ。こっちは人混みに紛れちゃうから見つけるの大変だよ?」 『わかってねえな、オレがお前を見逃すはずないだろ?』 軽口の応酬をしながら、きっとお互い頬が緩んでいるに違いないと、同時に同じことを考えていた。 早く会いたい、そんな気持ちが携帯を通して伝わってくる。それがまた嬉しくて愛おしくて。 「もう走っちゃってるよ私!」 『オレはさっきから走ってるぜ!』 ――ふいに空が明るくなった。どんよりしていたはずの空はいつの間にか綺麗な青空になっていて。 ほどなく一際背の大きな誰かさんの背中を見つけた瞬間。 ユーリは迷わず、"彼"の元へ走った。 prev|BACK|next |