![]() 「……オレ、かなり好きなんだよね。ユーリのこと」 「え?」 それは唐突に、何の前触れもなく告げられた言葉だった。 ――今イルミは何て言った? 自身に問い掛けながら瞳は目の前に立つ青年に釘付けだ。こちらをじっと見つめるイルミの真っ黒な瞳には自分が映っていた。 「迷惑?」 「え? そ、そんなことないけど……」 「けど?」 「……ちょっとびっくりした」 本心をそのまま伝える。本当に驚いたのだ。告白の数秒前まで、確かにゾルディック家特性毒入りお菓子の話をしていたのだから。 「びっくり?」 「だって本当に突然だったから」 「ああ、確かにね」 納得したように頷くイルミに何だか笑みがこぼれる。告白したというのにいつもと少しも変わらない。照れるでもなく慌てるでもなく、冷静で無表情のままだった。 それがとても彼らしくて相変わらず不思議な人だと微笑む。 「……嬉しい、ありがと」 「へー嬉しいんだ? じゃユーリはオレのことどう思ってるの?」 「えっ」 ――わ、私の気持ち? てっきり知っているとばかり……否、イルミは多分わかっている。 「イルミ、わかってて聞いてるでしょ」 「あ、バレた?」 とぼけたように笑ったイルミは流石というべきか心の奥底までは読めない表情だ。 どうして突然こんなことを聞いてきたのだろう。 イルミと知り合ってかなり経つけれど、こんな風に気持ちを聞かれたことはなかった。 考えてみれば自分から好きと言ったこともなかったし、イルミから好きだと言われたのも今が初めてである。 一緒にいるのが当たり前になりすぎて、逆にお互いの気持ちを確認する機会がなかったのだ。 「気づいた?」 「……うん。言ったことなかったよね」 「そう。だから聞きたいと思って」 「い、今?」 「今じゃなくていつ聞くの?」 改まってとなると妙に恥ずかしさこみ上げる。しかしイルミは今か今かと待っているようだ。 「どうして、その……今なの?」 「そろそろ進みたいんだよね」 「……進む?」 「お互いの気持ちをはっきりさせないと進みづらいし。出来れば無理強いとかしたくないからさ」 ……だから。もし同じ気持ちなら、 「オレと付き合って欲しいんだけど」 あやふやでも偽りでもない、はっきりとした告白。 瞬間心が温かい何かに包まれたような気がした。そして言葉も忘れ、ただただイルミを見つめた。 軽い沈黙が2人の間に訪れる。 「…………うん」 どれくらいそうしていたのか、長いようで短い沈黙を破り小声ながらもはっきりとした答えを返す。嬉しさや照れくささがあって、ずいぶんあっさりな返事になってしまった。 それでもイルミには充分伝わったようでふわりと表情が柔らかくなる。 「あーよかった」 軽く肩を下ろしたイルミは本当に嬉しそうだった。 「断られたら針刺してオレだけの人形にしちゃうつもりだったからさ」 「え゛!?」 い、今、さらりと怖い発言があった。自分だけの人形とかヤンデレも良いところだ。 ほんのり甘かった空気が一気に凍り付く。 「じょ、冗談だよね?」 「……冗談に聞こえる?」 ――いいえ、本気にしか聞こえませんでした。 ぶんぶんと首がもげそうなくらい横に振って否定する。 イルミの真っ黒な瞳は、間違っても冗談の雰囲気はなかった。 「だって好きだし」 「……」 怖かったはずなのにぽつりと呟かれた言葉は存外甘さを孕んでいて。 ――ああ、嬉しいなんて思ってしまう私はやっぱりイルミが好きなんだなぁと変に自覚してしまい、 「私も好きだから、大丈夫だよ」 今度は自然に言うことが出来た。 イルミはユーリが言ったそれに大きく目を見開いて固まった後―― 「もう一回言って」 そう告げた。今度はこちらが目を見開いて、やがて頬が熱くなる。 「い、一回言ったんだからいいじゃない」 「駄目。よく聞こえなかった」 「うそ! 絶対聞こえてたでしょ!?」 そんな攻防を繰り返しているうちにどちらともなく笑みがこぼれた。 好きな人と結ばれるというのはこんなにも幸せで温かいものなんだなぁなんて、改めて気づかされる。 そうして小さな幸福感に浸っていると、ふいにイルミの手がユーリの頬に触れる。 触れられた箇所がじんわり熱を持ち、どきどきと鼓動が煩くなって、見つめているのが恥ずかしくなってきた。 「そらさないで」 すかさず入った制止の言葉はまるで魔法のように全身へと巡り、ぴたっと動きが止まる。 そんな姿に満足したのか、イルミは口元に笑みを浮かべて、ユーリの耳元に唇を寄せた。 「合意なら何してもいいよね」 ……ずっと我慢していたんだから。 「覚悟して」 ぞくりとくる囁きは同時に蕩けるような甘さで、ユーリは黙ってこくりと頷くしかなかった。 甘い甘い関係はまだ始まったばかり。 prev|BACK|next |