![]() 「……綺麗」 その呟きと同時に白い息が宙を舞う。つんと鼻にくる冷たい空気の中、通常より少し長めのマフラーをしてユーリはとあるビルの屋上から星を眺めていた。 冬の星空はとても綺麗だ。この高い高いビルからなら星がとても近くに見える。 「まーたここかよ」 ふと背後から聞こえたつっけんどんな声。飽きれているようで、どこか優しさの含まれたそれに自然と頬が緩む。 ゆっくりと振り返れば、やはりそこに居たのはフィンクスだった。 「うん。星が綺麗だから」 「星なんて見て楽しいのかよ」 ゆっくりと空を見上げたフィンクスは今日も今日とて見慣れたジャージ姿でつかつかと歩み寄ってくる。 もう12月だというのに、あんなに薄着で寒くないのだろうか。 上を向いているせいで、立ち襟のはずのジャージから思いっきり首が見えている。 見ているこっちが寒くなって、どうしても視線がそこに向いてしまった。 「ねえフィンクス」 「あ?」 自分から半歩離れた微妙な位置に腰を下ろしたフィンクスを見つめ、ユーリはゆったりとその距離を縮める。 そして自分のマフラーを半分、フィンクスの首に巻いた。 「寒いでしょ? 風邪引いちゃうよ?」 「別に寒くねーよ」 ――と、言いつつもフィンクスがユーリのマフラーを拒んだことはない。 ユーリもそれを知っていて、だからこそ長めのマフラーをいつも巻いているのだ。 こうして星空を眺めていると必ずフィンクスが来てくれるから、彼が少しでも寒くないように。 肩を並べて見上げる満天の星空は宝石をちりばめた様に美しく輝き、人工のイルミネーションとは違った優しい光を放っている。 「ユーリ」 「ん?」 「お前は寒くねーのか?」 「大丈夫だよ」 「……いーやぜってー寒いだろ」 「え? ……っ!」 無理やり断定したフィンクスが唐突にユーリの手を握る。 これなら寒くねーと、ぶっきらぼうに告げてそっぽを向いたフィンクスの手は、「自分は寒くない」と言った言葉とは裏腹に酷く冷たかった。 「中入ろっか?」 「はあ? 星見るんだろうが」 「……いいの?」 「よくねぇなら最初から来ねーよ」 星を見上げたままそう告げたフィンクスの頬が――何だかいつもより紅く見えたのは、きっと気のせいじゃない。 お互いなんとなく気があって、なんとなく一緒にいると心地良かった。気がつけば一緒にいる時間も増えて。 そして今日みたいに時たま近づく距離に嬉しくなりつつ、でももう一歩が踏み出せない。 ユーリとフィンクスはそんなとんでもなくピュアな関係だった。 「おい」 「なに?」 「…………」 「…………?」 「お前のマフラー、前に使ってたのよか長ぇよな」 「……うん」 そこで少しの沈黙。 ユーリが頭に疑問符を浮かべながらフィンクスが話すのを待っていると、ふいに目が合い―― 「うぬぼれるぞ」 そう言われた。 「オレと会うようになってからだろ、長くなったのは。そう思ってていいんだろうな」 「あ……」 なるほど。 ユーリのマフラーが長くなった理由を、フィンクスはちゃんとわかっていたのだ。 ユーリは少し照れながら「そうだよ」と微笑んだ。 「ったく、物好きな女だぜ」 照れ隠しなのか再びそっぽを向いてしまったフィンクスにくすぐったさを感じる。 ああ……もう少しお互いの距離を近づけたいと思いつつも、やっぱりもう少しこの甘酸っぱい関係を続けてもいい。 ユーリは微笑みつつ、フィンクスの大きな手をきゅっと握り締めた。 つんと鼻にくるような寒さは、いつの間にか暖かく感じていた。 prev|BACK|next |