狩人夢 | ナノ

  16


頭上から流れ落ちるシャワーの熱が心地良い。
離れる離れないの話が終わったあと携帯を買って貰い、私達は飛行船に戻ってきた。
今日は本当にいろいろあったけど、こうして元の場所に戻ってこれてよかったと思う。

冷静になって考えてみると、私の気持ちなんてヒソカには全部お見通しだろうし意地を張ったところでただの悪あがきだったのだ。
「ボクと一緒はイヤ?」は「そんな事ないよね?」だし、「本音なのかい?」は「ウソだよね。ホントは一緒にいたいくせに」に変換出来る。

「うわああ……」

ギャグ漫画的なノリで壁に頭を打ち付けたい衝動に駆られた。

極めつけは私の中でヒソカがかなり大きい存在になっていたのをヒソカ自身に指摘されてしまったことだ。
よくよく思えば今回の件は無理に強がったせいで、結果的にヒソカが私にとって「無視出来ない存在」であることをヒソカ本人に知らせてしまう結末に至った。
酷い話である。墓穴を掘ったといえば簡単だけど、自分のことなのに憐憫さえ感じられ、無性に消えたくなった。

いやいやいや、す、済んだことはもういいよ、うん。
背後から次々襲いかかって来そうな羞恥を察知した私は、雑念を捨てようと首を振った。
シャワーを止めて鏡に映る自分の顔を見ると頬が紅潮しているのがわかる。これは浴びていたシャワーの熱のせい。きっとそうだと無理矢理解釈し、バスルームのドアを開ける。

用意しておいたタオルで体を拭きながら、買って貰ったもののひとつである黒のジャージに手を伸ばした。タオル地で凄く肌触りがいい。

……せ。

「ん?」

ふいに誰かの声が聞こえた気がして振り返ってみるものの当然私しかいない。しばらくじっと周囲の気配を探ったけど、少し離れた場所にヒソカの気配があるだけだった。

「気のせい、かな」

再び視線をジャージに戻し、とにかく今は過ぎたことよりこれからのことだと意気込む。我ながら単純というか「一緒にいよう」と言われたことが思っていた以上に嬉しくて肩の荷が下りた気分だった。
今のところヒソカは私と一緒にいてくれるみたいだし、私も自分に出来ることをしよう。

当面は念の修行。使えるのはわかっているけど土台となる基礎がどこまでしっかりしているのか把握したいし、”発”が出来ているのかも確認しなければ。
まずは「水見式」をしないとね。自分の系統を知るのは念を磨く上での第一歩だ。初心に返った感じでわくわくする。
念のことを考えるのは楽しいし、なんだかいつもの自分が戻ってきてよかった。

やっぱり重く考えたり後ろ向きな思考は性に合わないようだ。
ウソをついたり回りくどいことをしても結局空回りしちゃうし、もっと単純に本能のまま突き進むのが一番かもしれない。

そういえば最近の私って念と自分の記憶以外だとヒソカのことしか考えてないかも。圧倒的割合でヒソカが大半を占めてるけど。

なんだかおかしくなって私は口元が緩むのを感じながら、ヒソカのいる部屋へと向かった。



16.単純一途と気まぐれ嘘つき



「ん、水見式かい?」
「うん、やってみようと思って。グラス借りていい?」
「もちろん」

系統判断の折をベッドに腰掛けていたヒソカに伝えると、快く頷いてくれた。
借りたグラスに水をたっぷり入れ、ユーリの葉っぱを一枚拝借し水面に浮かべる。心源流に伝わるもっともオーソドックスな念の系統判断だ。
系統によって水や葉っぱに変化が出る。一応水がこぼれてもいいようにお盆の上でやってみることにした。
すると隣に並んだヒソカが私の手元を覗き込む。

「ボクは見ててもいいのかい?」
「いいよ。ヒソカも私に念を見せてくれたしね」

もっともヒソカの念は人に知られたところで問題ない能力だけど。
伸縮と粘着はシンプルだからこそ応用が利くというか、かなり使い勝手が良さそうだ。
人によっては隠しているからこそ真価を発揮する能力も少なくない。そういう点でヒソカの能力は強みになる。

私は何系かな。
グラスを挟む形で手をかざし、”練”を行うと、水が凄い勢いで増えた。あっという間にお盆に水が溜まっていき私は慌てて手を離す。

「やっぱり強化系」
「前も言ってたけど、どうして私が強化系ってわかったの?」
「性格だよ。ボクが考えたオーラ別性格分析さ」
「性格分析?」

聞いたことのないそれに首を傾げる。血液型性格診断とかと同じ部類だろうか。

「根拠はないけどね」

ヒソカがいうには特質はカリスマ性・具現化は神経質・操作はマイペース・放出はおおざっぱ――だそうだ。

「ボクは変化系、気まぐれでウソツキ」

あ、合ってる……。

「強化系は単純一途。ね、わかりやすいだろう?」
「単純? 合って、る?」
「合ってると思うよ?」

まじまじと見つめられなんとも言えない気分になる。
単純か……確かについさっき本能のままにとか思ってたしなあ。

「さて、わかったところでそろそろ休もうか」
「あ、そうだね」

今日はいろいろあったし夜も更けている。そろそろ休んだ方が良さそうだ。

「じゃあヒソカまた明日ね。おやすうあっ」

部屋を出ようと歩き出したと思ったら腕が引っ張られた。
ぎゅいーんと効果音を付けるならそんな感じであっという間にヒソカの腕の中へと倒れ込む。

「ちょっと、何っ」
「そろそろ観念したらどうだい? 今日こそは最初から一緒に寝よう」
「ね、寝ないってば!」

反論しながらヒソカを見上げる。てっきりバンジーガムは解除されていると思ったが、凝で手首を見ればいまだにひっついていた。いつの間にやら”隠”で隠していたらしい。

「何ならもう少し大きいベッドでも買おうか」
「い、いらないって! だいたい今のベッドだって十分過ぎるくらい大きいでしょ」

私からすれば広すぎるくらいだ。

「おや、小さい方が好みなのかい? あでも、狭いベッドでくっついて寝るのも悪くないかな」

どうしてそういうことを恥ずかしげもなく言えるのか理解に苦しむ。ヒソカは相変わらず楽しそうだ。
私ばかりが妙に恥ずかしさが増していくわ、ぼぼぼぼっと顔が熱くなってくるわで、居た堪れなさに口を噤むしかなかった。
た、耐性を付ける必要が大いにありそうだ。道のりは長く険しいであろうことが目に見えてつい眉間に皺が寄る。

「おやおや、いじめ過ぎちゃったかな?」
「じ、自覚があるならもっと」
「それは無理かなぁ」

くつくつと笑うヒソカを睨み付けて、私はくるりと踵を返した。
今度は引っ張られない。それどころかバンジーガムは解除されたようで、腕には何もなかった。あっさり解除されたバンジーガムとヒソカの腕に安堵し、足早にドアへと向かう。

「おやすみなさいっ」
「うん、おやすみ」

安堵の裏側で寂しさがほんのちょっとだけ芽生えていたことに目を瞑り、隣室へと逃げ込んだ。

余計なことは考えないで、とにかく修行!
そう気合いを入れて、私は明日に向けて備えるべくベッドにダイブする。



『……待ってるよ』

部屋を出たときに背後から聞こえてきたヒソカの微かな声が、いつまでも頭に響いていた。




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