![]() 焦りを感じながら手首にくっついた紐をたどるとヒソカの右手に繋がっているのがわかった。これは間違いなくヒソカのオーラだ。 本当に迂闊だった。まさかこんなところで念を使われるなんて。 軽く腕を引いてみたが簡単には外れそうにない。おまけにゴムのような伸縮まで見られる。 「伸縮自在の愛(バンジーガム)っていうんだ。よく伸び、よく縮む。つけるもはがすもボク次第さ」 どうやら粘着性のあるゴム状にオーラを変化させているらしい。 「……変化系、だったんだね」 「うん」 まずいことになった。非常に厄介だ。ヒソカの余裕を見る限り、今の私にバンジーガムを外す手立ては……と、思考の途中で再び腕が引っ張られる。 「考えてる時間はないかもね、ククク」 「くっ」 綱引きのように腰を落として踏みとどまろうとしても引き寄せる力には到底かなわず、ずるずるとヒソカの方に引きずられてしまう。 誰の目から見ても勝敗は明らかだった。 「ハイ、捕まえた」 言葉のままバンジーガムがくっついている手首をぎゅっと握られてしまう。 あっさり過ぎる幕引きに落胆する一方で、切羽詰まった状態だというのに今度から優先的に凝の修練をしようと固く心に決め、私は笑みを貼り付けたヒソカの顔を半ば睨み付ける勢いで見上げた。 凝は大事だし必要とする場面も多いと思う。 でも今回の場合、掴まれた時点で凝をしようがしまいが関係ない。これじゃ条件を出す前からすでにヒソカの勝軍は約束されていた。 「なんで、こんなこと」 「キミの本音が聞きたかったからさ。……キミは本当にボクから離れたいの?」 改めて問われ、私は言葉に詰まる。条件をのんだ以上嘘をつくわけにもいかず、だからって「一緒にいたい」なんて口が裂けても言えない。ヒソカの意図もいまだにわからないし。 板挟みの心は痛いほど軋み、無性に泣きたくなった。 「……どうして」 そんな引きとめるようなことを言うの? のど元まで出かかった言葉を飲み込んで、私は拒絶するように俯く。涙腺が緩むのを止められず、ヒソカの顔を見ていられなかった。 「っ言いたく、ない…………ごめん」 「強情なわりに律儀だねェ、キミ」 呆れたように笑い、ヒソカは肩を竦める。 「ま、強情なのも悪くないかな。ククク、泣きたいくらい一緒にいたいならそう言ってくれればいいのに」 「っ?」 思わぬ言葉にドキリと鼓動が跳ねた。 15.自由奔放な気まぐれ屋さんと ヒソカは今なんて言った? 「いっしょにって……」 「おや、違うのかい?」 「違わない、けど……あ」 絶対に言わないと頑なだったはずなのに、うまく揺動されてしまった。 「そうだよね。じゃあ一緒にいよう」 にんまり微笑んだヒソカは満足そうに頷いて、再び歩き出した。 掴まれたままの腕と「一緒にいよう」という言葉が胸の奥に響く。まさかヒソカの口からそんな言葉が出るとは思わなかった。 そして腕から伝わってくる体温にどこかほっとしている自分がいる。 ああ、どうしよう。逃げる気概が霧散してしまった。 どんなに意地を張っても、きっと目の前の奇術師は何事もないようにひらりとかわして自分の思うようにする。 ……今のように。 ヒソカは人の心理を掬い取って転がすのがうまいようだ。きっと戦う時もそういう点でかなり優位に進めるのだろう。 私は引かれる手を眺めながら、これは逃げられそうもないと観念した。 「でも意外だったよ」 「? 何が?」 「キミがそんな頑なになるくらいボクを思っていた事さ」 「えっ」 ちょうど人が行き交う大通りに出たところで私はぴたっと足を止めた。 なんか今凄く恥ずかしいことを言われた気がする。 「な、なんの話?」 「キミの話」 「いや、それはわかるけど……」 「だってそうだろう? ボクに突き放されるのが辛くて必死に離れようとしたなんて、カワイイじゃないか」 「っ!!」 にっこり笑んでいるはずなのに妙にからかいを含んだ表情に、いつぞや以上の羞恥がこみ上げてきた。 「無視出来ない存在か。いいね、ゾクゾクしてきちゃったよ」 「な、なにいって」 「意地らしいね、ホント飽きな……」 「あーあーあー! 聞こえない聞こえないっ」 「聞いてくれよ」 「聞きたくない、ヒ、ヒソカはそうやって私をからかって楽しいのっ?」 「からかってるつもりはないけど、楽しいか楽しくないかなら楽しいかな」 本当に大嘘つきだ。楽しんでいるくせにからかってないわけがない。 まさか一緒にいたら日々こんな羞恥にまみれなきゃいけないのだろうか。 「……選択間違ったかも」 「そう言うなよ。ちゃんと優しくするから」 「……ウソツキ」 「ウソじゃないのに」 どっちとも取れる声音に私はなんとも言えずヒソカの目をじっと見た。目は口ほどにモノを言うっていうけど、ヒソカに限ってそれはないのかもしない。 だって本当にどっちなのかわからないから。 もっと一緒にいればヒソカのウソや本当を見抜けるようになるだろうか。 「そうだ、少し寄りたいところが出来たんだけどいいかい?」 「寄りたいところ?」 「携帯買おうと思ってね」 「機種変?」 「違うよ、キミのさ」 「え、私?」 「これから出かける機会も増えるだろうし、もし別行動になったりしたら連絡取れた方が安心だろう?」 驚いた。そしてようやくヒソカとの「これから」が本当にあるのだと実感した。 今日何度目かわからない”どうしよう”の文字が頭の中に浮かぶ。 どうしよう、胸があったかい。 「どんなヤツがいい?」 いたずらっぽく首を傾げたヒソカに私は照れながらも笑った。 ――どこにいても必ず繋がる携帯がいい。そう言って。 |