狩人夢 | ナノ

  14


一見控えめな白いワンピースの裾がふわりと揺れる。
歩みを止めた彼女は、同時に思考も止まっているように見えた。

ボクの問いに驚いた様子だけど、ボクからすれば彼女の突然言い出した「別れ」を含んだ言葉に驚いたよ。
どうして急にそんな事を言ったんだい?

さっき、男を殺した辺りからおかしかったね。
殺しが日常にあるのがイヤ? 違うな。そんなのは彼女にとっても些細な事だ。以前から死体にはまったく反応していないし、ボクが殺す事に関しても止めようとも促そうともしていない。もともと死が日常にあったのだろう。
理由はもっと別のところにある。

彼女はあのとき、ボクの顔を見ていた。
とても不安げに。

もしかして、突き放される事に怯えているのかな。

あいにくと今は手放す気なんて毛頭ないのに。
ああ、そういえばまだこれからの事を話してなかったね。すっかり一緒にいるつもりでいたし、今回の服に関してもそう思っていたからこその誘いだった。

「ヒソ、カと……?」
「そ。ボクと一緒はイヤ?」

決意を秘めていた彼女の瞳が目に見えて揺らいだ。

「イヤ、だよ」
「ヘェ、それは初耳だな」
「…………」

彼女の拙いウソに騙されてあげるほど、ボクはお人好しじゃない。
まあ傍におくとつい衝動に駆られて壊しちゃうかもしれないリスクはあるんだけど、そこはボクの忍耐に任せるしかない。
でもたぶん大丈夫じゃないかな。成長を見るのは楽しいだろうし、たまに味見をしてみるのもひとつの手だ。

今まで誰かを傍においた事がないから未知の体験ではあるけど、それもまた面白い。

きっかけは単なる気まぐれだった。死んだら残念程度にしか思っていなかったし、期待はずれだったら殺すつもりでいた。
でも――今は違う。
キミの本来の実力についてももちろん楽しみにしている。
でもね、念の事を差し引いてもボクはキミにとても興味があるんだ。せっかく見つけた興味深い女のコをそう簡単に手放したりしない。

キミはもうボクのモノだ。生かすも殺すもボク次第。

そんなボクの心中とは裏腹に、彼女は別れを意識したままおもむろに口を開いた。

「私は……」

――ボクを見上げた彼女の紫の瞳が、切なげな色を覗かせている。

「自分の足で歩いていかないと。頼ってばかりじゃいられないから」

キミは気づいているのかな。今にも泣きそうな顔をしている事に。

「それは本心なのかい?」

あまりにも悲しそうだったからボクらしくもない譲歩の言葉を紡いだ。
キミがどう思おうと、ボクはしたいようにする。

でもキミはウソをついているよね。本当は離れがたいと思っているんだろう?
だから本当の事を言わせてあげよう。

「ほんしん、だよ。ウソじゃない」
「それがウソ。何度も言っただろう? キミはすぐ顔に出るって」
「……」

キミの口から言ってごらんよ。ボクと一緒にいたいって。
そうしたら――離さないって言ってあげるのに。



14.囚われの蝶は言を焦がす



ヒソカと一緒にいて自分はウソが致命的に下手なのだと思い知らされた。
でも今はウソをついた方がいい。この機を逃したら自分から別れを切り出すことが出来なくなる。

なのにどうしてヒソカは私に本当のことを言わせようとするんだろう。
もしかして引き止めてくれてる? それとも別の意図が?

わからない、どうしよう。どうすれば。

もし引き止めてくれているのだとしたら――嬉しい。それにそうであって欲しいと思ってしまっている。望んだところでどうしようもないのに。私は思わず唇を強く引き結んだ。

「強情だなぁ」

ヒソカはいつもと変わらない調子で笑った。

「わかったよ、じゃあ条件を出そう」
「条件?」
「こっちにおいで」
「……?」

腕を引かれて再び路地裏に連れて行かれる。先ほどよりも幾分か広い別の道で、立地の違いか陽光も差し込んでいた。
人気のない奥まで進むと「この辺でいいかな」と呟いて足を止める。

「今からキミが、ボクから一歩でも距離を取れたら逃がしてあげるよ」

言いながら私の腕を離したヒソカは、四歩ほど下がった。

「その代わり、距離を取れなかったらキミの本当の気持ちを言って貰おうかな。ああ、ボクはここから動かないから好きに動いていいよ? ほらどうしたんだい? 逃げないの?」
「……」

いくら病み上がりとはいえ一歩なんて全力ならば一瞬だ。ヒソカは何を思ってそんな条件を出したのだろう。
……いや、考えても仕方ない。私は思考を振り切って足に力を込めた。逃がしてくれるというなら絶好のチャンス。
私は思いっきり後方に飛んだ――はずだった。

「えっ!?」

しかし実際は逆の行動になった。腕が急激に強い力で引かれ、下がるどころかヒソカの方に一歩踏み出す形になってしまったのだ。

「な、なにっ?」

ヒソカは動いていないし、自分の腕を見ても何もない。
――違う!
ここは”凝”だ。判断はほんのゼロコンマ。オーラを瞳に集中すると、細い紐のようなモノが手首の辺りにくっついていた。

「ん、イイ反応だ。でもそれじゃ遅いよね?」
「……っ」
「本気でボクから逃げたいと思うなら細心の注意を払わなきゃ」

ヒソカはぺろりと紅い舌で唇をなぞり、楽しそうに目を細める。

「さて、キミは逃げられるかな?」

しかしその響きは、逃げられないよ? と断定されているような気がした。





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