![]() 「ちょ、ちょちょちょヒソカ?」 「ん?」 「こ、こんな高価なの私には勿体ないよ」 ただいま絶賛お買い物中。昨日のヒソカの言葉通り、2人で買い物に来ている。 久しぶりの外はとても新鮮で街の景色や喧騒をのんびり楽しんでいたけど、ヒソカに案内されたいかにも高そうなお店に入ってからは息が詰まりそうだった。 店員さんに言われるまま着替えたとき、ちらっと見えてしまった値札に驚愕。 0の数がとんでもないことになっている。 全身コーディネートされてしまっているので、全部合わせたらなんて考えるだけでお財布がしぼんでしまう。 といっても私は今朝クリーニングから返ってきた服以外にはジッポーくらいしか持ち物がなかったので実質一文無しなんだけど。 「そんな事ないと思うけど。気にしないで好きなの選びなよ」 「えっ」 動揺する私とは正反対にゆったり構えるヒソカ。 そのヒソカはなんとびっくり奇術師ルックだった。髪を下ろして普通の格好をすれば誰もが振り返る美形だというのに。 これだと向けられる奇異の目を楽しんでいるようにしか思えない。 しかしもっと驚くべきは「お似合いですよ」と私に微笑みかける店員さんだ。彼女の晴れ渡る空のような営業スマイルはヒソカを見た瞬間もまったく崩れなかった。 隅まで行き届いた店員の教育を垣間見た気がして、この店はきっと何か特別な、ヒソカと繋がりのある場所なのだと勝手に納得させてみる。 ここまで平然とされてしまうと私の方が異質なんじゃないかって首を傾げたくなるけど、決してそうじゃないと思いたい。 「迷ってるならボクが選んじゃおうかな。ボクのとオソロイにでもしてみる?」 「こ、これがいいかなー! あ、でもこっちの方が……」 「ククク、その調子」 しばらく値札と格闘していたけど、だんだん多すぎる0に感覚が麻痺して、最後には「この際好きなものを選んでしまえ」と開き直った。 こんな機会早々ないだろうし、何よりこういう買い物は楽しんだ者勝ちだ。 12.奇術師と買い物と た、楽しかった。 開き直って選び始めたらどんどん楽しくなって、結局進められるままたくさん買って貰ってしまった。これだと今後しばらく服に困らないどころか、逆にどれを着ようかという贅沢な悩みが増えそうだ。 ヒソカに申し訳ないくらいだった。いろいろと面倒を見てもらっている上にこんな贅沢まで。 今は精一杯の「ありがとう」しか言えないけど、いつかちゃんとしたお礼をしよう。 お店を出た私はヒソカの隣でこっそりと心に決めた。 「んーキミ、着るモノによってもイメージ変わるねえ」 「そう?」 言われて横のお店のブラインドに写る自分を見た。 買ったものはすべて自動的に飛行船に運ばれる仕組みらしく手ぶらないので身軽だ。 肩にかかる癖のない黒髪と対照的なフード付きの白いニットワンピは、一見シンプルでも細部は可愛らしい編み込みがなされたデザインになっている。 ロングブーツを履いているとはいえ足がすーすーして落ち着かないんだけど、このワンピはヒソカが「買っちゃおう」と一言呟いたことにより即購入決定の品でもある。 「ホントにカワイイ普通の女の子だ。青い果実には見えないね」 ……ヒソカの基準は青い果実なのか。 服が可愛いのは同意だけど、自身が可愛いかどうかはよくわからない。 冷静に顔の造形だけで言えば、気が強そうというかなんというか。真剣な顔をしたらきっと鋭いイメージになると思う。 「それでもカワイイと思うけどね」 「……あ、ありがとう」 にこーっと笑いながらさらっとそんなことを言われてしまい、どう反応して良いのかわからなくなる。 そりゃ可愛いって言って貰えるのは嬉しいけど、なんともいえない恥ずかしさの方が大きくて。 私はこういう雰囲気には慣れていないかもしれない。 「……ヒソカはいつもその格好なの?」 「うん? そうだね。大概はこれかな」 いくつか種類もあるよ、と言われて、どんなデザインなのかちょっとだけ気になった。 街は紅葉に彩られ、赤や黄色の落葉もちらほらと見受けられる。 寒くなるのもそう遠くないようだし、もしかして暖かいモコモコな感じの奇術師スタイルとかあるのかな。 わ、想像出来ない。 「変なコト考えてないかい?」 「え? あ、冬仕様とかあるのかなって」 「冬仕様? 面白い事考えるね」 「そうかな、寒いのは辛いし大事な……こ、とだと思うよ?」 ぴりっと針が刺さるような感覚があって、言葉を止めかけてた。 これは殺気だ。 背後から漏れ出たほんの僅かなそれに、ヒソカももちろん気づいている。 「……人目のつかないところに行こうか」 すいっと自然な仕草で私の腰に手を回したヒソカの予想外の行動にびくっと体が反応しつつも、なんとか不自然にならない程度に頷いた。 まるで恋人に甘い睦言を囁くような感じだ。流石嘘つきと豪語するだけあって、さらっと言えてしまうのが凄い。 「おや、今日は素直だね。イケナイ事しちゃうかもしれないのにいいのかい?」 「は? ちょヒソカっ?」 腰に絡まる腕の力が少しだけ増し、私の耳元に顔を寄せて言うヒソカの声にぞぞぞーっと背筋に冷たいものが走る。 悲鳴を上げそうになった。 不意打ちだ。こんなときまでそんな冗談を言うなんて。 どぎまぎした私に、ヒソカは堪えきれないとばかりに肩を揺らした。 「あーいいね、その顔」 「変態っ!」 「褒め言葉だよ」 つい言ってしまった悪態もヒソカにとっては逆効果に等しかったらしい。 ニコニコ楽しそうなヒソカと苦虫を噛み潰したような顔の私は、陰になっている路地裏へと足を踏み入れた。 |