![]() おまけに看病っぽいことまでされてるし。 「……ヒソカ」 「なんだい?」 「初めて会った日……私を殺そうとしなかった?」 驚いたようにヒソカの眼がほんの僅かに見開かれる。 あれ、びっくりされてる? もしかして直球過ぎた? よくよく考えてみれば唐突過ぎたし、凄く間抜けな質問だったかもしれない。 「クックック、直球だね。この前の事思い出したのかな。確かに殺そうとしたよ、キミ美味しそうだったから」 「美味しそう?」 「そ。でも安心していいよ、今キミをヤるつもりはないから」 「……どうして?」 「キミはもっともっと美味しくなりそうだからね。今刈るのは勿体ない」 まるでりんごの収穫時期を話すみたいな口ぶりだけど、実際の内容は物騒なことこの上ない。 そういえばヒソカは「青い果実」がどうとか言っていた気がする。ニュアンス的に「美味しさ=強さ」なのかな。 つまりまだ収穫には早い、熟すには時間が必要な人を青い果実って呼ぶってこと? 「じゃあヒソカにとって私は“青い果実”?」 「半分アタリで半分ハズレかな」 「え?」 「キミは正確に言うと青い果実じゃないと思うんだよね」 じーっと瞳の奥を覗き込まれて、私は言葉に詰まった。よくわからないけど、ヒソカにこうして見つめられると微妙に身動きが取れなくなる。でも前のように素っ裸を見られるような錯覚はない。それはたぶん今のヒソカには殺すか否かの悪意ある品定め的な色合いがないから、だと思う。 なんとなくだけど、そんな感じがした。 とはいえあんまりじっと見つめられると落ち着かない。 私は目を逸らせないまま、ヒソカの次の言葉を待った。 07.同類、かもしれない 「……ねえ、キミは強くなりたい?」 沈黙を破ったのは、意外な問いかけだった。 否、問いかけというより単なる確認に近い。「キミは強くなりたいんだろう?」とやんわり断定されている響きがあった。 ――強く、なりたいだろ? どくん、と返事をするように鼓動が高鳴る。 言葉はとても不思議だ。耳に入った途端、心が揺さぶられるときがある。 ハンター試験という言葉を聞いたときも似たような感覚があった。 『強く、なりたい。だから、稽古……して、下さい』 一瞬だけ蘇るいつかの自分の言葉。 遠い昔、幼かった私がたどたどしくも何とか紡ぎ出した精一杯の言葉だ。 ――そう、強くなりたい。高みを目指したい。誰かと思いっきり闘いたい。 今まで忘れていた感情が呼び起こされる度に、鼓動がひとつまたひとつと大きくなった。 「ああ、いい目だね。ぞくぞくするよ」 ヒソカは三日月のように口角を引き上げた。 顔は笑っているけど、彼の纏うオーラは少しだけ禍々しさが漏れ出している。 ……ヒソカはやっぱり危険な人だ。 今はなりを潜めているけど、ひとたび戦闘になればおそらく今の私は一瞬で殺されてしまう。 高い戦闘技術と欲に忠実な思考。 人を殺すことに躊躇いなんてない。常人がブレーキを踏むところで迷わずアクセルを踏み込めてしまうような、とても危険で怖い人。 そんな彼の御眼鏡に適ってしまったということは、つまり死刑宣告をされたも同然だ。 でも怖くはない。むしろ喜んでいる気さえした。 まだ出会って間もないとはいえ、ヒソカが強いのは火を見るよりも明らかだ。尋常じゃない殺気を受けたとき、身を持って体感した。 そんな彼が目をかけたということは、今後強くなる可能性が大いにあるということで。 そう思うとやっぱり嬉しい、のだけど。 どういうことなの……と、冷静に突っ込みを入れたくもなる。 そういえば私はヒソカに殺されかけたときも「勿体ない」とかわけのわからないことを思っていた。 ……絶対変だ、私。 やっと自分が少しだけわかったというのに、素直に喜べないのが残念だった。 「ククッ、まあ今は青い果実って事にしておこうかな」 「……」 「この話はまた今度にしよう。確かめたい事もあるしね」 「確かめたいこと?」 「それは後のお楽しみ」 笑みを深めてヒソカはりんごに視線を移した。どうやら今は話す気がないらしい。 ヒソカの言う“今度”がなるべく早く訪れることを祈りつつ、私もりんごに目を移し……たその瞬間、ググーと間抜けなお腹の虫が鳴く。かなり盛大な音だった。 「…………」 この沈黙が辛い。恥ずかしすぎる。なんて正直すぎるお腹だろう。緊張感の欠片もない。 誰か穴を掘って私を埋めて下さい、なんて思ってしまった。 「リンゴ、食べられそうだね」 「……っ、いただきます」 顔を精一杯背け、りんごの乗ったお皿に手を伸ばそうとしたけど。 そういえば手が動かない。食べたいのに。 ちょっとしたデジャヴ。水のときも同じようなことを思った気が。 「どうしたんだい?」 「……手が、動かなくて」 「そうだろうね。だからはい」 私は固まった。ヒソカがこちらを覗き込みながらフォークを向けている。 え? これってもしかして。 「ほら、口を開けて」 「え? いやいやいやいいよっ自分で食べるっ」 「手、動かないだろ? どうやって食べるんだい?」 「それはっ」 「はい、あーん」 「んぐっ」 私が言葉を紡ぐ前に半ば無理やり突っ込まれた。口の中には甘酸っぱいりんごの味がじんわりと広がる。 「美味しいかい?」 ――美味しい。美味しいけど。 なんだろう、このシチュエーション。ヒソカは楽しそうに私の咀嚼する様子を見つめている。 私達、ついさっきまで殺す殺さないの殺伐とした話をしていたんじゃなかったっけ。 どうしてこんなまったりムードに変わったんだろう。 わからない。 ヒソカもわからないし、自分自身もまだまだわからないことだらけだった。 「食べたら少し眠った方が良さそうだね。添い寝しようか?」 「えっ、遠慮しますっ」 「残念」 ちっとも残念そうじゃないヒソカの言葉を無視して、私はとにかくりんごを食べることに集中した。 やがてお腹がいっぱいになると、音もなく睡魔が忍び寄って来て。 ヒソカの言葉通り、私は再びなだらかな眠りについた。 |