狩人夢 | ナノ

  06


きっかけは単なる気まぐれだったけど、この前の予感は当たっていたようで、しばらく退屈せずに済みそうだ。
ボクは羞恥に染まった彼女の顔を楽しみながら、ひとり喉の奥で笑った。

彼女を連れ帰ったのは一昨日の夜の事。今日は出会って3日目になる。
最初は……数日は目を覚まさないだろうと踏んでいたけど、実際は連れ帰ったその日のうちに一度目覚めて、りんごが食べたいなんて言い出した。
一応用意してみたら、意識がないのにちゃんと食べてびっくりしたよ。

食べたら顔色がぐっと良くなったのでしばらく経過を見た後、とりあえずシャワーを浴びて自分の部屋に戻ったんだけど、そこからがまた印象的だった。
なんと意識のないまま彼女がボクの部屋にやってきたんだ。体が思うように動かないせいか床をずるずると這う形でね。それも苦しそうな呻き声のおまけつき。
あれはホラーっぽかったなぁ、くくく。
そしてボクの腰掛けていたベッドに躊躇なく入り込んだ途端、満足したのかすぐに寝息を立て始めたんだ。
まあいいかとボクもその日は寝ちゃったんだけど、翌日――つまり昨日も隣室のベッドに移動させておいたらまた同じように這って来てね。
だから今度は近づいてきた彼女をボクからベッドの中へと引き込んでみた。
すると意外な事に彼女は嬉しそうに吐息を漏らしてすやすやと眠りについたんだ。

危機感なんて微塵もない、安らかな寝顔。

彼女の敵に対する動きや念を見る限り、それなりの修行をツんでいるはずだ。
ボクの殺気をあれだけ浴びていれば、体がボクの匂いを覚えて警戒しそうなものだけど、それもない。

洗練されているけれど無防備。死への焦りはあっても恐怖はない。
いろいろとちぐはぐで少しずつ興味が深まる。

加えて彼女はここ数日で目覚しい回復を見せた。最初の日こそうなされていたものの、翌日にはずいぶんと息が整い、峠なんてあったのだろうかというほどあっさり平常通りの顔色に戻った。
もちろん死念はそう簡単に断ち切れるものではないし、彼女の経過にはしばらく注意がいるけど、良い方向に向かっているなら何よりだよ。
生命力の強さなのか、あるいは男の死念が弱まったのか。
どちらにせよ近いうちに意識がはっきりしそうで自然と嬉しくなった。

ああ、そういえば彼女はボクを知っているみたいだったし、目が覚めたらどんな反応をするか楽しみだなぁなんて思っていたけど。
起きてみたら予想以上に動揺してて、ついいじめたくなったよ。
反応が素直すぎて逆に新鮮だった。
からかい甲斐があるね。
でもあんまり困った顔をしないでくれよ――なんだか興奮しちゃうだろ?


……さて、この面白いコをどうしようか。

ボクは必死に目を閉じている彼女を眺めつつ、これからのことに思いを馳せた。



06.りんごうさぎ



一体いつになったら私はこの居た堪れなさから解放されるのか。
目を瞑ったままだと余計に顔の熱さを自覚してしまう。わたわたし過ぎてなんだか喉が渇いてしまった。
ん? 喉?
そういえば夢うつつに水を飲んだ記憶がある。
ん…………?
優しく流れ込んできた水は口の端からこぼれないよう上手く塞がれていたし、あれは明らかにコップから飲んだ水じゃなかった。
今考えるとあのとき触れた「何か」はもしかしなくても誰かのくちび…………

私はひとつの答えを導きかけて、でも考えるのをやめた。思い至らない方がいい気がする。ますます恥ずかしさでどうにかなりそうな気がしたから。

「どうかしたのかい?」

急に黙り込んだ私にヒソカが問う。絶妙なタイミングだったのはきっと気のせい、と無理やり自己完結して恐る恐る目を開けた。

「な、なんでもない。あの、それよりここは一体?」
「ボクの私用船だよ」
「私用船?」
「そ」

私用船、つまりヒソカの飛行船ということだ。
部屋を見回してみればどこかのホテルみたいな内装で、必要最低限の物が置いてあるだけのシンプルな間取りだった。
奥に繋がっている部屋もあるようで、かなり広そう。ベッドとテーブルくらいしか目に付く物がなかったので、余計にそう感じたのかもしれない。
でもそのどちらも質の良さというか、物凄く高価に見えた。
どうやらヒソカはかなりお金持ちのようだ。
ベッドもすっごくふかふかだし。

そんなお金持ちらしいヒソカがふいに体を起こした。同時にぺらりとシーツが捲れてお腹辺りまであらわになり、咄嗟に目を背ける。もし裸だったら目のやり場に困ってしまう。
私が不自然に視線を泳がせていると、ピピピピと電子音が鳴った。ベッドサイドのインターホンだ。
インターホンの隣には何故かシルバーのジッポーが置いてあった。生活感がない部屋のせいかそれだけがちょっと浮いていて少し気になったけど、インターホンに向かって伸ばされたヒソカの腕が視界に入ってしまったので再び視線を泳がせる。

「もしもし。ああ、そう。うん、じゃあそこに」

一言二言話して電話はすぐに切られ、ぎしりとベッドが軋む。ヒソカがベッドから出たらしい。
私はいよいよ目を背けているのが辛くなり、再び目を閉じて気配だけを追った。

「どうしてキミは目を閉じているのかな?」
「……まだ、その眠くて」
「くっくっく、じゃあゆっくり休まないとね」

声音にからかいの色が混じっている。咄嗟についた「眠い」なんて嘘はバレているみたい。
また恥ずかしさがひとつ追加された。居た堪れなさは10くらいプラス。
そんなことを考えている間に、ヒソカがベッドから離れて何かごそごそとやっている音が聞こえてきた。
たぶん奥の部屋に行ったんだと思う。冷蔵庫を開けたような音がして、何かを取り出し、そしてシャリシャリシャリ。音だけじゃよくわからない。
ほんのちょっとだけ甘い香りが漂っているけど、これは何の匂いだろう。

「さっきも言ったけど、ずいぶん回復してるみたいだから、この調子ならあと1日も寝れば動けるようになるかもね。……はい、もう目を開けて大丈夫だよ」

考えているうちにヒソカが私の傍に戻ってきた。
ベッドサイドに腰掛けて、おそらく私を覗き込んでいるのだろう。
のろのろと瞳を開けてみれば、

「うさぎの、りんご?」
「そ。可愛いだろう?」

目の前にうさぎの形に切られたりんごがあった。
いつの間に羽織ったのかバスローブ姿のヒソカが、フォークに刺したうさぎのりんごをこちらに差し出している。
手に持っていた皿にも同じ形のモノが並んでいた。

「これ……ヒソカが切ったの?」
「うん」

予想外の組み合わせ。ヒソカがうさぎのりんごを切るなんて思いもしなかった。
楽しそうに人を切っていた姿を思うと物凄いギャップだ。
あの夜の光景は本当に凄かった。形相からしてまるで別人だったしそれはもう楽しそうに人を殺していて。
そう、ヒソカが人を……
人を、殺し?
私は今度こそ我に返った。
うわ、なんでこんな大事なことを忘れていたんだろ。
どうやら相当記憶が混濁しているようだ。

『本当に、美味しそうだ』

気を失う直前、私は確かにその言葉を聞いた。
一度掴んだ記憶の糸を手繰り寄せれば、いろいろなことが鮮明になっていく。
見知らぬ町で急におかしなことが起こって、ヒソカが降ってきて。よくわからない敵と戦ったときにガスを吸ってしまった。
そして私はどういうわけかヒソカに殺気を向けられて――殺されたと思っていたのに。どうして生きているんだろう。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -