バガテル(4周年企画/別題:なんとかは犬も食わない)


「テゾーロが車椅子の購入を許してくれない」

オーロから「相談事がある」と言って切り出された話に、タナカさんは早くも面倒そうな匂いを感じ取っていた。


グラン・テゾーロが終わりを迎えたあの日。テゾーロを救出する際に車椅子を破壊することになったオーロは、依然としてスムーズに移動するための『足』がないまま、生活をしていた。

「車椅子、ですか……」
「逃走したばかりの頃の船では、ほとんど使えないと思い言い出さずにいたが。今ではこの通り、シティホテルも顔負けの設備をそろえた船に乗り換えられた」

おおきなカジノがある街で荒稼ぎをした。バカラはスロット、オーロはポーカー、テゾーロはルーレット。あくまでも表向きは真っ当に勝負をして──。それぞれが大勢のギャラリーを集めるほどに稼ぎ、勝ちすぎれば当然店の裏からいかつい黒服が出てきたので逃走経路としてタナカさんが活躍し、それでも見逃してくれない気前のわるい運営者に最終手段としてダイスの大技が炸裂、建物ごと破壊するに至った。
そうして現在、新しい船で航海をしているわけだが。グラン・テゾーロほどではないにせよ生活スペースはひろくなり、車椅子の移動もしやすい環境になった。オーロもそろそろ、松葉杖でえっちらおっちらと移動せねばならない生活からおさらばしたいのだろう。

「前のような特注がいいだなんて言っていない。通常のものを買って、あとは自分で改造するつもりでいたからな。概算見積りも出してテゾーロに渡した、けっして負担になるような額ではなかった。──なのに答えは『ノー』、しかも即答ときた。見積書だって一瞥すらしなかったんだぞ?」
「それは聞き入れる気ゼロですねェ……」

オーロがプレゼンをしてまで早く車椅子を入手したがっている一番の理由は、『恥ずかしい』からだろうな、と同情の念が湧くタナカさん。
普段、船をおりるとき、オーロはテゾーロの腕に座るように抱えられて町まで出かけていく。幼い子供ならばともかく、オーロは成人を迎えて久しい男性である。寄っていく場所のほとんどがグレードの高い店であろうということを考えても、悪目立ちしていないはずがなかった。

「相変わらず衣食にはカネを惜しまないというのに、どうしてそこはダメなんだ?テゾーロの『負担』が減ることにもなるのというのに?……タナカさんは、どう思う」
「そうですねェ……」

タナカさんの記憶が正しければ、そもそもそのスタイルで出かけることを提案したのはテゾーロの方からではなかっただろうか。

「テゾーロ様は、オーロ様を支えてお出かけになることを、『負担』ではなく、少ない『スキンシップの機会』だと捉えているのではないでしょうか?」
「……タナカさんのその推測には……なにか根拠があるのか?」
「前に、オーロ様の運び手なら我々がなりますよとダイスと共に申し出たのですが、テゾーロ様には絶対に譲らん≠ニ断られまして。進んで引き受けていることは間違いありません」
「…………」

なにか考え込む仕草をしたオーロは、体の向きを変え、おそらくテゾーロのもとへと歩みだす。相談に乗った手前、事の成り行きを見守らないわけにはいかなかった。



テゾーロがソファに座って書類を広げている。内容はきっと新たな娯楽施設の計画書だろう。現れたオーロをちらと見るだけして、テゾーロは優雅にコーヒーを啜っていた。

「なんだ。車椅子の件ならもう終わった筈だぞ」
「スキンシップが減るから──か?」

ぴた、とマグカップを傾けるテゾーロの手が止まった。

「もしそんな理由で不自由を強いるなら、テゾーロ、呆れるどころの話ではないぞ」

内容の取るに足らなさはともかく、オーロの声が厳しくなっている。傍らで見守るタナカさんはハラハラとしてきた。固い意思のもと会話に臨んでいると感じられるときのオーロは、ふだんは最もテゾーロに随順しているというのに、稀にとんでもない爆弾を落とすのだ。

「そんなもの──」

予感は的中してしまう。次にオーロが発した言葉で、テゾーロは怒りを顕にする。


「首輪を嵌めていたときと同じ≠カゃないか」


──────────ガタン。
テゾーロが立ち上がった。ローテーブルとのすき間を抜け、オーロのもとへ迫っていく。この緊張感なんだかデジャヴ、と思いながら、タナカさんはテゾーロの前に立ちふさがった。

「テゾーロ様、一旦、一旦落ち着いて深呼吸いたしましょう、」
「どいてろタナカ」
「ニャッ!」

ぐいいと押し退けられあえなく突破される。松葉杖をつくオーロの前に、テゾーロが聳え立った。

「このわたしが、運ぶと言っているんだ。なんの文句がある?」
「24時間365日、生涯俺に付きっきりのまま生活する気か?」
「ああよろこんで」
「っ、バカ言うな、子供みたいな返しをして。俺にだってプライベートはある」
「わたしといっしょで何が不満だ?」
「不満だなんて言っていない」
「なら構わんな」
「テゾーロ……」
「なんだ」

どちらも引かない。譲らない。オーロもテゾーロに負けず劣らず強情な人間だ。しかも、グラン・テゾーロ脱出後の話し合い以来、真っ向から物を言う場面も増えたように思う。ほとんどは日常的なやりとりに過ぎなかったが。
────……とはいえ。諍いがあれば、いつだってオーロが腰を据え、出口を見つけ出そうとしてくれる。テゾーロのことをなによりも大切に思っているからだ。タナカさんのアドバイスを参考にする様に、目を閉じて深呼吸したオーロは、改めてテゾーロを見上げた。

「……スキンシップくらい、車椅子があっても増やせるだろ?わざわざ抱えるなんてしなくとも。俺は、君にならいくら触れられても構わない」

オーロ様、すぐ傍にタナカがいるのですが……。頬を赤らめながらそんな呟きをしたくなるタナカさん。気づけば入口でバカラとダイスも立ち聞きしていた。

「それでも、車椅子の購入はどうしても許せないのか?」
「……」
「…………俺の裏切りが、怖いのか」

オーロの目元が、わずかに憂いを帯びる。ぴくりとテゾーロの指先がふるえた。

「自由にさせれば、また、君を売るかもしれないと……そう、思っているのか」
「…………そうではない」
「じゃあなんだ?言ってくれなければわからない」
「…………」

まるで物を壊してしまったこどもに、母親が諭しているかの様で。テゾーロの岩の態度が崩れていく雰囲気がある。引き結んでいた唇をほどいてゆき、テゾーロは、ぽつりとこぼした。


「おまえは……“コーヒーを飲みたい”と、言わないだろう」


聞いていた全員が首を傾げ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。「コーヒー……?」戸惑うオーロに、テゾーロはさらに続ける。

「“眠いからソファへ運んでほしい”、“夜空を眺めたいからデッキへ連れていってほしい”。……そう、声を掛けるだけでいいものを……。傍にわたしがいても、いつも目の前を通りぬけ、一人で済ませようとする──」

眉間に皺を寄せながらも、淋しげな声。


「────わたしの腕にいるときだけだ。“望み”を口にするのは」


テゾーロの発言を受け、オーロの目に困惑の色が浮かんでいた。

「……自分でできることなら、一人でやって当然だ」
「もっと頼ればいいだろう」

これは、

「頼るべきだ。わたしを」
「…………」

懇願だ。
オーロはテゾーロをじっと見つめたまましばらくのあいだ固まっていた。呆れて声も出ないとも、ただただ驚いているだけとも取れる。何度か瞬きをしたあと、オーロは視線をゆかへ落とし、斜めを向いて、もう一度テゾーロの視線と結びあわせた。ようやく口をひらき、なにを言うかと思いきや────


「タイム=v

突然、待ったをかけたのだった。

「タナカさん、ちょっと」
「エエッ!?は、はい?なんでしょう……」

テゾーロに背を向け、タナカさんを呼び寄せるオーロ。そのままヒソヒソ話を始めてしまった。いいんだろうか、このタイミングでテゾーロ様を放置して。あまりにも突飛な中断に、戸惑わずにはいられないタナカさん。

「タナカさん、間違えていたら言ってほしいんだが……」

シリアスな流れをぶった斬ったオーロであるが、本人は至って真剣そうだ。

「“頼られていると感じたいがために抱えながら出かけたい、車椅子があるとその必要がなくなるから買いたくない”──……そう、言われた様に聞こえたんだが……」
「合ってると思いますよ」

ふたたび固まるオーロ。

「言い換えますと、テゾーロ様はオーロ様に、もっと甘えてほしい様ですね」
「………………」

当初の予想であった“スキンシップ”は、当たらずといえども遠からず。真の願いの副産物に過ぎなかったというわけだ。タナカさんの意見を聞いたオーロの硬直が全身にひろがる。その反応が示す彼の心情は、怒りというよりも──。
──……オーロの頭がしだいに項垂れていき、顔を手で伏せてしまった。「頼る……そうか……頼る……」念仏の様になにかをぶつぶつと唱えたのち、オーロはぎこちなくテゾーロに向き直った。放られていたテゾーロは、腕を組み、ご立腹のご様子。当然だ。

「……テゾーロ。俺は、介護されたいわけじゃない」

でも、と、オーロの静かな声がつづく。

「所謂、甘えるということも……時には、必要なのだと、思う……」
「…………」

伏目になったオーロは、とても分かりづらいが、照れているらしかった。こんなふうに途切れ途切れに話す彼は、珍しい。

「君に……淋しい、という思いを、させてしまったなら……。……俺は、どうにもそういったことが不得手なんだが。望んでもらえているこの情況を、とても、恵まれていると感じる。……だからもう少し君に、我儘を言う努力を……してみようと、……思う……」
「……………………」

しどろもどろなのは、『恋人だからこそ』という前提のもと話しているからなのかもしれない。どうやら拗らせた大人の恋は、ティーンエイジャーの初々しさよりももどかしく、浮かれることに手間取るものであるらしい。
テゾーロは遮ることも急かすこともせず、黙って話を聴いていた。以前の彼は、こんなにも辛抱強く人の話に耳を傾けていただろうか。がっちり組まれていたその腕が、ゆるみはじめていた。

「テゾーロ、車椅子は許してほしいんだ」

やがてそれは、完全に解かれることとなる。

「移動のこともあるが……────君へのプレゼントも、こっそり買えないだろ」
「……!」

今度はテゾーロが弾かれた顔をする番だった。心なしか、部屋中に甘やかな空気がただよいはじめる。相談事は無事、円満に解決した様子だった。



「なァ、テゾーロ様とオーロ様、一体どうしたんだ?」
「ただの痴話喧嘩よ、痴話喧嘩」
「犬のケンカか?」
「チワワのケンカじゃないですよ、ダイス……」


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