ランドフォール(キス企画/指先)


「先に言っておく。今まで通り君は女性を抱くといい。俺は、何の理由がなくとも君の手に触れられる資格を得た。それだけで幸せだ」

いま目の前でひと眠りしている男は、先日テゾーロにそう告げていた。以来、テゾーロの心には靄が住みついている。



────国を失い、権力を失い、政府さえ敵にまわった現在、ギルド・テゾーロは指名手配された海賊として海を渡っていた。同様に追われる身となった幹部達とは今なおクルーとして行動を共にしている。目下、新たな娯楽施設の開設を計画中である。

今回の停泊先は久しぶりの大きな町であった。バカラは買い出しついでにダイスを連れてショッピングへ、見張り役はタナカが買って出てくれたため、テゾーロは恋人とふたりで町へ繰り出そうと部屋まで迎えにきたわけなのだが──、扉の先で見たのは、頬杖から崩れたらしい恰好でつくえに突っ伏している、航海士のうたた寝姿だった。起こすこともできはしたが、傍に寄って眺めだしてからおよそ10分。つくえの端に凭れ、さわり放題な髪を弄びながら、冒頭のセリフを吐かれた出来事について思い出していた。

「女を抱くといい……か」

試しているふうではなかった。偽りのない言葉なのだろう。恋人間で交わされたとなれば通常、非難して責め立てたところでおかしくはない場面であったが、最初に“情を交わすばかりがパートナーでもないだろう”と告げていたのはテゾーロの方だった。
そう告げることで、女にしか興味はないはずだ、信じられない、といった疑念を抱くオーロを説き伏せようとしたのである──。


実際のところ、いまだにその想像ができないでいることは確かだ。未知の領域であるために具体的な気持ちを予想できないでいる。特別求める気持ちも、湧いてきてはいない。
無論オーロの存在は友としての枠組みをゆうに越えているが、それは傍にいて触れれば、あたたかい水で細胞の隅々まで充たされていく様な……反対に、失ったり離れたりすれば身を削られ血がふき出る様な痛みを伴う、テゾーロに言わせればセックスどうこうよりも深く結びつく関係だった。便宜上『恋人』という呼び名で収まってはいるものの、自分の体の一部ともいえる、大事な身内の様な近しさという方がテゾーロの感覚には近い。だからオーロの言葉は好都合であったし、異論などないはず──……なのだけれど。

鳩尾のあたりに巣食う、消化不良の様なモヤモヤは、一体何なのだろうか?

あのときオーロはテゾーロの返事も待たず、用件だけを話してさっさと去っていってしまった。平然とした顔で、何でもないことの様に一方的に言い捨てて。そうだ、それが気に食わなかったにちがいない。
……そういえばグラン・テゾーロにいたとき、彼はどう処理していたんだろうか?車椅子生活の介助をする使用人でもつかって済ませているものと考えていたが、まさか、女ではないという可能性も。

脳裏に浮かんできたのは、屈強な男に組み敷かれるオーロの姿だった。その唇が吐息でひらき、堪える様に、ちいさな声を─────。




「テゾーロ……」

「!?」

見下ろしたオーロはすーすーと静かな寝息を立てていた。なんだ、寝言か……。今まで結びつかなかったカオと状況が偶然の肉声によって融合し、つい、目を逸らす。
実際のところ、この男の本心はどうなのか?長年秘めていた好意は性欲を含むものではなかったのか?もしも。もしもだ。もしその指が、腕が、目や唇が、この体を求めてきたなら。そのとき、わたしは──……。

(わたしは…………)

心なしか、脈が速まっている気がする。肌がざわついて、ドク、ドク、と心臓が大げさに騒ぎ立てる。もし、もしもオーロの瞳がこちらを見つめ、ベッドで自分の名を呼んだなら、そのとき、わたしは────────。


「ん……」

オーロが身動ぎしてうっすらと瞼をひらいた。聡慧な瞳がテゾーロの目に飛び込んでくる。

「? ……テゾーロ……いつからそこに……」
「っ、いや、わたしは……今……呼びに来たばかりだ」
「…………ああ、もう着いたのか……」

掠れ気味の力ない声が鼓膜をふるわせる。なぜだろうか、一度は重ねたはずの唇が、今はまったくの別物に見える。そこに触れると胸はあたたかく穏やかな心地になれた。けれど今そこに触れてしまったなら、嵐が吹き荒れる予感がする。

「テゾーロ……?どうした、すこし様子が変だ。体調が優れないか……?」
「っ」

触れられた手から緊張が全身を巡っていく。

「テゾーロ」

目が、声が、唇が、すべての神経を狂わせる。

「っオーロ、……──」

重ねられた手を握りかえし────…………


指の背に、口づけをした。


荒ぶる精神を鎮めるため目を瞑って長い口づけをする。──今はまだ。突然は、いけない。風通しがいいようには思えない。吹いたばかりの芽は、大切に育てていかなくては。
どうにか自分本位に事を起こしてしまいそうな衝動を落ち着かせると、瞼をあけ指から離れようとした。しかし体を起こしきる前に、座っていたオーロが首をのばしてきて、視界に影が差し──前髪の生え際あたりに『触れる』気配がする。
驚いて目を合わせれば、やさしく光り輝く瞳とかち合った。

「サプライズ返しだ」
「………………っ!!」

昔からそうだ。おまえの言動は、わたしの心をひどく掻き乱す。


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