ディナータイム


「テゾーロ様、調査の同行は、今夜までとさせてください」

バカラの一言にテゾーロのグラスを傾ける手が止まった。二人がオーロとダイスに出会う数時間前のことだ。



カジノホテル〈ザ・レオーロ〉の高層階に店を構えられるということは一流レストランであることの証。その店内で最も眺めが良いとされる席に、バカラとテゾーロはいた。
王であり興行主でもあるテゾーロは、時折バカラを伴い、抜き打ち調査だなんだと称してグラン・テゾーロ内のありとあらゆる場所へと出かけて行く。調査の割に行き先はロマンチックな場所に偏っていて、傍から見ればもはやデート以外の何ものでもなかった。実際、テゾーロはバカラをよろこばせる為だけにプランを組み立てていた。彼女の誕生日には毎年プレゼントも贈っているものだから、二人は男女の仲なのだと信じて疑わない部下も少なくはない。その話が真実であればと一番に願っていたのは、他でもない、バカラ自身だった。

「……急にどうした。この店にもそろそろ飽きたか」
「いえ、食事が理由ではありません」
「ならば先程の劇か。わかった、すぐにでもあの劇団を解散させて――」
「テゾーロ様」

よく通る凛とした声がテゾーロの注意を引き寄せる。そうではないのだと、無言の笑みが語っていた。バカラはもうこの二人だけの時間をやめにしたいのだ。

「わたしは、テゾーロ様とこうして一緒にいられる時間が幸せです」

だからこそ――。

「わたしを見てもらえないことは……とても辛いんです」

「…………」

何に対しても物怖じしない彼女の整った眉が、今は力なく垂れさがり、悲しげな笑みをつくりだしている。元より似た造形をしているものの凛々しさの薄らいだその表情は特に『彼女』に近付いていて、テゾーロは目を離せずにいた。

「今、誰を見てらっしゃいますか?」

バカラの鋭い問いに夢から覚めたような顔をするテゾーロ。それを見たバカラの胸に込み上げてきたのは、怒りではなく、諦めを色濃く滲ませた悲しみだった。

いつからだっただろうか。大切な宝物を扱うように優しくしてくれるテゾーロの瞳が、バカラではなく、その後ろにいる誰かを見つめていることに気がつき始めたのは。初めはそんなこと別にどうだっていいと思っていた。理由が何であれ、今テゾーロの隣に立っているのはバカラなのだ。誰かを重ねているならその女のことなんか忘れるくらい自分に夢中にさせればいい。バカラは幸運をあやつる無敵のラッキーガール。機会さえものにすれば、望む未来は必ず来るのだと信じていた。

――――失念していたことがあるとすれば、幸運はけっして人の心をあやつれるものではないということ。

べつにバカラだって能力に頼りっきりで生きてきたわけではない。もたらされるのはチャンスだけ、その先はバカラの努力によって活かされてきた。ただ――テゾーロと出会った当時、バカラはまだ揺るがぬ愛というものを知らない若者で、テゾーロのそれが痛みを伴う特別なものだなんて予想すらしていなかった。わかる筈もない。物語のように悲劇的で、物語よりも救いのないそんな過去。
お陰さまで、その深く根ざした想いに太刀打ちできないとわかるまでに、長い時間を要してしまった。今日に至るまで彼は、体を重ねることはおろか、キスの一つさえくれたことはなかったのだ。

……告白をして成功する可能性なら大いにある。けれどこの顔で生きていく限りテゾーロの中には一生『彼女』の影がちらつき、バカラもまたそれを感じ取る。その度に不安を覚え傷つく羽目になることは明白だった。それに耐えられるほど、周りが思うほど、バカラはつよくない。


「誰かの代わりを務められるほど、健気な女ではいられませんわ」

だからこれくらいは、せめてもの強がりとして、許してほしい。


  
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -