スキャンダル


「くっくっ……ハハハハハハ!あんなに焦るおまえの姿も珍しい!いいものを見た!」


プライベートエリアへ撤収しソファに腰を掛けるなり、テゾーロは大口を開いて天に打ち上げる様な笑い声をあげた。それを瞬きもしないでじいっと見据えるオーロ。彼が怒るのも無理はない、と傍にいたタナカさんは慌てて宥めにかかった。

「オーロ様、お気持ちはわかりますがどうかここは抑えてください……!」
「タナカさん……テゾーロがおれの事で笑ってくれている。こんな事は初めてだ」
「まさかの感激!?」

結果からいえば、オーロは勝負に勝った。ただし全ては『筋書き通り』だったわけなのだが。

あの紳士をゲストに招いたショーの実行を、オーロ以外の幹部達は知っていた。従ってオーロが紳士と話す前からすでに下準備も済ませてあり、バカラはエレベーターで紳士と別れる際、致命的なアンラッキーが短時間で訪れてしまわないよう吸い取る運気の量をギリギリまで調節していたという。
ちなみにバカラがVIPルームまで進まなかったのは、オーロの前に姿を見せない事でいつもとは異なる状況だと思わせる為だ。思惑は見事に的中している。

「どうして俺にだけ知らせなかった。というよりも、俺を嵌める事もショーの一部だったみたいだが?」
「一部ではない。むしろわたしにとってはメインだよ」

笑うのをやめたテゾーロは前屈みになり、金色に輝く指輪を嵌めた手をゆっくりと組む。いやな感じだ、とオーロは思った。全身の産毛をそっと撫でられた様なむず痒さを覚える。

「彼は半年前に爵位を取り消された男……わたし達が住んでいたあの町出身の元貴族だ」
「取り消された……?」
「表向きただのパーティやクラブの会合と称していた集まりで、ドラッグやギャンブル、果ては売春宿まがいの事をやっていたらしい。貴族の品位を著しく貶める行為だとして、国王が代替わりした際に爵位を剥奪された。それでも本人は変わらず貴族のつもりでいる様だったが」

その所為で、どこぞの要人から『落ちぶれた貴族をショーのゲストにしてほしい』という依頼があり、それに気紛れに応えたテゾーロは紳士へ招待状を送る事になったのだそうだ。

「その際彼について色々と調べたんだが……思わぬ興味深い情報を見つけてね」
「…………」

テゾーロの目が猜疑を宿して意地悪く光る。その光が、部屋に漂い始めた冷たい気配の根源となっていた。薄い笑みを貼りつけて、テゾーロの唇がとある単語を紡ぐ。
――――オールビスクドール。
『磁器人形』。何を指すのか理解できていない様子のタナカさんに対し、オーロの呼吸が僅かに浅くなった。テゾーロはおもむろに立ち上がり、コツ、コツ、と硬い靴音を響かせながらオーロの下へ歩み寄っていく。

「その昔、あの男主催の集いによく顔を見せていた、彼お気に入りの“足の不自由”な“貴族のご子息”様が、そう呼ばれていたそうだ」

少年は行方不明となり、なぜか血縁者でもない紳士が長年捜索願いを出し続けていたという。「随分と愛されていた様だ」とおどけた調子で語るテゾーロは、身動きができないオーロの体をさらに閉じ込める様に、車椅子の正面に立った。そして肘掛けへ両手をつき、オーロの旋毛に近づくまで腰を折り曲げる。

「どうしたそんなにも黙りこくって。それともやはり、人形とは口が利けないものなのか……?」

なァ――オールビスクドール。




「――やめろ!!」

オーロの腕がテゾーロの胸をつよく押し返した。テゾーロの足ではなく、車椅子の車輪の方がキリキリと回って後退する。「オーロ様は貴族だったんですか!?」タナカさんの驚いた声でオーロの顔が苦々しげに歪んだ。

「生まれた場所は確かにそうだった。でも俺は貴族が嫌いだ、自分にすら嫌悪を抱いていた。だから家を出て縁を切った……。明かすことで、奴らと同類だとは思われたくなかったんだ」
「同類などではないさ。カネを有効に使えもしないおまえはな――」

はっと顔を上げたオーロの瞳に、殺気立ったテゾーロの顔が映る。遅れて感付いたタナカさんが止める間もなく、テゾーロの手がオーロの胸倉を乱暴にひき寄せた。

「――――ッ貴族でありながら!!カネを持っていながら!!どうしておまえはステラを救わなかった!!?ガキでもその身分なら十分に買えた筈だ、そうだろう!?おれと違っておまえは手段を持っていた!いくつも!!いくらでも!!!なのに……!なのになぜ……ッ!」
「……っ」
「……、……あァ、そうか……そういう事か……カネを積んでも無意味だと思ったのだな……例え恩人になろうともステラの心がおまえに傾く事はなかったのだからな!!」
「!? 待て、違う!」
「何が違う?!」
「君が思ってる様な特別な感情は抱いていない!」
「嘘を吐くなッ!」

「嘘じゃない!!!」

こんなにも声を荒らげるオーロの姿を見たのはテゾーロもタナカさんも初めてだった。その驚きが一瞬の間をつくり、沸点に達しようとしていたテゾーロの頭にいくらかの冷静さを取り戻させる。

「どうしても貴族だと明かしたくなかった……!君とずっと同じ目線で話していたかったからだ。何も知らないままの君に、歌を聴かせてほしかった」

固く握られていた手がオーロの服から離れていく。背筋を伸ばしたテゾーロは俯くオーロを見下ろし、鼻先で笑った。

「ハハ……!もう歌に固執するフリはやめろ。たったそれだけの為にこんな所まで付き合えるものか」
「実際、俺は今ここにいる」
「…………」
「……再会したときに言った筈だ。かつての歌声を取り戻す為ならどんな事にも手を貸すと。あれは、本心だ」
「歌に興味を失くしている事などとうにわかっている」
「興味を失くしたんじゃない。俺は待ってるんだ、テゾーロ」
「……待つ……?」

真っ直ぐに向けられる目にテゾーロの胸がざわついた。なんだその歌声とは――?じわり、じわり。水に落としたインクの様にテゾーロの胸中に暗い苛立ちが広がっていく。カネを持ち、高みにいた者逹を跪かせ、大きなステージに立って輝いているテゾーロの歌をそれでもまだこの男はからっぽだとでもいうつもりなのだろうか。
あの頃とは何もかも違う。彼女を救う為ボロボロになりながら働いていた頃とは。彼女の笑顔の前で明るく歌っていた頃とは。当然だ、人とは変わるもの。自分も、周囲も、望まなくたって変わっていく。そして変わったものは、けっして戻らない。

「それはおまえの中で作り上げられた幻想だろう……?……――勝手な妄想をわたしに押し付けるな!!」

テゾーロの怒声に顔を曇らせたオーロは、眉を顰め、腹の下に力を込め、ぐっと喉の奥を引き締めた。

「幻想を作っているというんなら、君も同じだろテゾーロ。ステラを呪いにして、自分を見失っているのは誰だ」


――――バチ、と火花が散る。
テゾーロの手のひらがオーロに向けられていた。タナカさんが制止の声を掛けるも、床から出現した金の流動体は瞬く間にオーロの体を締め上げた。

「おまえが……、おまえがっ彼女の名を口にするな!!」

金はさらに質量を増し大蛇となってオーロに絡みつく。今や骨の軋む音が聞こえてきそうな程にその体を押し潰していた。テゾーロの手が高い位置に翳され、徐々に指が折り畳まれていく、その様を、オーロは一瞬たりとも目を逸らすことなく見つめていた。見つめる事しかできなかった。

――多くの人間を葬ってきた手が、拳をつくる事なく下ろされる。生き物の様に脈打っていた金も今は無機物らしく固まっていた。
忌々しげに歯を食い縛るテゾーロ。彼は素早く背を向けると、足早に部屋を出ていった。開け放たれたドアの向こうからテゾーロの名を呼ぶ小さな声が聞こえてくる。恐らくバカラのものだろう。一部始終をハラハラしながら見ていたタナカさんは、王の退室を確認するとすぐさまオーロの下へと駆け寄った。

「大丈夫ですかオーロ様!今回ばかりは許されないのではと肝を冷やしましたよ……!」
「……俺もだよ」

ヌケヌケの能力で金をすり抜けたタナカさんの手がオーロの腕を掴む。拘束から抜いてもらい、そのまま車椅子まで運ばれたオーロは、腰を落ち着けるなり力なく礼を述べた。身体中に虚脱感がつき纏っている。叫んだこと以上に、神経が磨り減っていた。
ふとオーロの視線がガラス越しの夜景へと向く。眠らない夜の街。ギルド・テゾーロがつくった黄金に塗れた街。その遠い景色を眺めてオーロがぽつりと零した。

「タナカさんが最後に星を見たのは、いつになる……?」
「……星、ですか?……あまりそういった事に関心がないものですから、よくは覚えておりませんが……もう何年も前になるかと」

目を凝らしても、小さなきらめきは強すぎる人工的な明かりの前では霞んでしまう。オーロの目の下に微かな皺が浮かび上がった。

「俺も長らく星を見ていないな……この街は眩し過ぎる――」


ここでは黄金の星が輝くばかりだ。


  
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