カク:193cm
ブルーノさんの店で飲み会があった後。
二人で飲み直すか≠ニなって私の部屋に来たカクに『ディルド』を発見されて愧死するかと思った。
「なんじゃ、ナナシでも玩具を使ったりするんか」
「い、や、それは」
だいぶ飲んでしまっている。頭の回転が鈍い。
普段、それを、自らの後孔に埋めて慰めている。清潔にして管理しているとはいえ、あられもない場所に使用しているそれを、今、目の前で、意中の相手が素手で鷲掴みにしているのだ。心臓は冷えた感覚がするのに首から上は熱い。どうする。どうする。引ったくって怒鳴ればそれで終いにしてくれるだろうか。
酒でほんのり瞼が下がって肌の赤いカクが、ピンクのソレをまじまじと観察する。眩暈を起こしそうになりながら、良い言い訳が思いつかず狼狽えてばかりいた。
「意外じゃのう……こういったもんは使わんかと思っとったが。もしかして、自分のだけじゃ満足させられんのか?」
「…………、……?」
「というか使う相手は居るんか?恋人が居るなんて聞いたことがないぞ」
「……」
カクに気づかれないようにほっとする。そうか、そうだよな。自分で使うより、『女の子』に使うと考える方が自然だ。
「今は居ない。でも、まァ、居たとき……たまにな」。平静を装いながら、力みの取れた腕をのばし、カクの手からブツを取り返そうとした。
「ぎゃ!」
────取り返そうと近づいた瞬間、股間をむんずと掴まれ飛び跳ねた。しかもモニュモニュと揉まれ出したんだが。ナゼ。
「何してる!」
バシッと手で振り払い距離を取る。ディルドは取り戻せなかった。それどころか渋い顔をしたカクが、ソレをじと目で睨みつけている。
「ナナシ……さすがにサイズがちがい過ぎやせんか?」
「……」
言えない。ソレはお前を想定して、お前の身長の平均を調べて、普通よりちょっと大きめのサイズを注文したなんて。およそ17センチ。私の実物よりもまあ……一回り以上デカいことだろう。
「黙れ。返せ」
「見栄っぱりじゃのう〜〜」
「うおっ────あっ、おい!」
ベッドに転ばされ、カクまで乗ってきたかと思えばまたしつこく股間を揉まれ出した。
「ちょっくら確かめてみるかのう」
「アホ!お前、珍しく酔ってるな!?」
「酔っとらんわ〜い」
「酔ってる!」
家に帰って来たとき、私だけ仕事着から部屋着に着替えさせてもらっていた。ベルトをした服ならば容易に侵入など許さなかったはずだが────あろうことかカクは、ズボッとパンツの中にまで手を差し入れ、直に触ってきた。
突然の展開に頭がついてこない。中心に感じる他人の温度は果たして本物なのか。挙動が遅れて、壁際に追い詰められカクにとって有利なポジション取りまでされてしまう。
「勃たせて比べれば分かるわい、絶対にデカ過ぎる!」
「カク、な、にっ……」
カクの大きな手が、私のペニスを扱いている。嘘みたいな現実だった。いやがるべきなのに、建前のような制止の言葉しかでてこなくて。
服の隙間から見える卑猥な光景に、目を離せないまま硬直してしまう。
「ぅっ……、っ、……!」
「酒入っとるから簡単には勃たんかのう〜?」
「っ、んっ」
酔っている癖に、手先の器用さはさすが職人と言うべきか。褒める場面ではけっしてないのだが。
惚れた弱みでもあるかもしれない。ただ触れられているという事実を認識するだけでも頭が沸騰しそうになる。カクの服を押していた手は、いつのまにか変な声が出ないようにするため自らの口を塞ぐのに必死になっていた。
ぐちゅり、ぐちゅり。にちゅ、ねちゃ。
粘着質な音がやけに大きく聞こえる。カクは工作に熱中している少年のような顔をしていた。どうしてこうなってるんだったか。アルコールに加えて血液が下肢へ集中していって、意識が朦朧としてくる。
「おっ、もうそろそろ……」
「、っ、んンッ────……!」
ビュルル、ビュルルルル、と射精感。しかも我慢に我慢を重ねた尿意みたいに長く勢いよく噴き出してきた。止まらない。止められない。どうしようもない痴態を──カクの手を汚すそれを、どこか他人事のように眺めてしまった。
ようやく出し切って。解放感からくる甘い痺れ、その余韻に浸りたくなる。でも、あとから訪れてくる、諦めに似た虚脱感。
「ハァ……、ハァ……」
降りる沈黙。上から突き刺さる視線を確かめることが……怖い。
「……ナナシ……おぬし……──────早漏じゃのう!」
ゲシッと、快活に笑うカクの鳩尾にすぐさま膝蹴りを入れた。ぐっと呻き声を洩らしてカクの体がのしかかってくる。
「最悪だな、テメェ……ッ」
「わはは、そんなにご無沙汰じゃったか。なんだかすまんのう」
「笑うな」
射精後の、火照った体にのしかかってくる好きな同性。すぐ傍の屈託ない笑顔に、そいつの手にはディルド。混沌としている。
ふと、照明の光が遮られた。カクが、退くどころか、さらに上へとよじ登ってきたのだ。お前、今ズボンのところは精液まみれなんだぞ。分かってるのか。呆れ混じりに、内心は懇願を込めて声に出そうとしたが。視線がかちりと合って、息をのむ。
弛みのない、静か過ぎる目。
「のう……ナナシ」
ひた、と頬になにか当てられた。シリコンの弾力ある感触。ディルドだ。
「おぬし……さっきから自分がどんな目をしとるか、分かっとるか?」
なんのこと、と、とぼけたいのに。なんだか一気に尋問されているみたいに空気が張り詰めて。
「コレ──」
カクの視線が一時的にソレへ落とされる。
「本当は、どう使っとるんじゃ?」
「…………──────っ」
再び目が合ったとき、人懐っこさなど欠片もない瞳に脳髄を貫かれ、背筋がぞくぞくと粟立った。寒気などではなく、心臓をするりと掴まれ柔く握られる様な、心地好い緊張だった。
◎