背のびと青と黄色/サボ×向日葵 


「おはよ、サボ」

革命軍アジト内にある共有スペースを通りかかったコアラは、聞こえてきたあいさつの言葉に首を傾げた。名前を呼ばれていた人物は、おとといから任務に出ていて、あと数日は帰ってこない予定のはずである。早く終わらせてすでに帰ってきていたのだとしても、同じ班のメンバーであるコアラに連絡が回ってきていないのはおかしなことだ。
どういうことだろう?と足を止めたコアラは、サボと声の主をさがして広間を見回した。テーブルにイス、新聞に掲示板、カフェラウンジが配置されているこの広い部屋にはいつもそこそこ人がいる。

「ナナシさーん!」

日当たりの良い窓辺に“一人”だけで座っていたその人が、ゆるりと顔をこちらに向けた。

「おはようございます、ナナシさん」
「おはよう、コアラ。これから朝食?」
「そうです」
「僕も水やりがおわったら行くよ」

そう言って、傍らにある青い植木鉢にショワショワとジョウロで水を注ぐナナシ。

「今日もいい天気だなー、サボ」
「あ、やっぱりサボ君って言ってる」
「ん?」

青い植木鉢に植わっているのは一本のヒマワリ。まっすぐに咲く黄金の花だった。

革命軍の本拠地である白土の島・バルティゴの土は痩せていて、作物はおろか雑草もほとんど育たない。だからアジト内にも植物はほとんど置かれておらず、あったとしたらそれは誰かが任務先から持ち帰ってきたものということになる。
一週間ほど前から飾られていたヒマワリには、コアラも気がついていた。窓から見えるバルティゴの白、空の青さに植木鉢のしっとりと深いブルーが引き立てる鮮やかな黄色。目から元気をもらえるそれを、毎日通りかかるのだから、気にせずにはいられなかった。

その花の主人を今しがた知ったコアラは、どうしてサボ君って呼んでるんですか?と尋ねる。問われたナナシは、再度ヒマワリを見つめた。

「植物に声をかけると、元気に長持ちするって言うだろ?それを試してる。こっちには毎日声をかけて、そっちには話しかけてない」

青い植木鉢は二つ。一方にだけ白いリボンが巻かれているのはきっと区別する為の目印で、ナナシが話しかけていたのはリボンの方だった。

「どうせならと思って、名前をつけることにしたんだ」
「ナナシさんまた変な遊びしてる」
「また?」
「いつもしてるじゃないですか。自由研究みたいなこと」

蟻の巣の近くに毎日二種類の調味料を盛ってどれが一番人気か調べたり。部屋に差し込む光を一ヶ月間毎日同じ時刻に窓のかたちに沿って記録して部屋をチョークまみれにしたり。落ち着いた大人の人という雰囲気でありながら、そんな子供みたいなことをよくしている人だった。
なにかに役立てようだとか、そういった目的があるわけでもなく、暇つぶしなのだそうだ。

「サボ君、よろこぶんじゃないかな。ナナシさんがサボ君の名前つけてお花を可愛がってるって知ったら」
「んん……どうかな?昔はよく、僕の傍にも駆け寄って来てくれてたけど……。大きくなって、頼もしくなって、今じゃ僕よりしっかりしてる。こんなフヨフヨしたおじさんのことなんか、あんまり覚えてもないんじゃないかな?」
「ちがいますよ。格好つけたがってるだけです、サボ君は。それに全然しっかりなんかしてないし」
「そうなの?」
「そうですよ!今度ナナシさんからも言ってやってください、人の話をちゃんと聴きなさいって」
「覚えとくよ」


────声をかけていなかった方は、ほどなくして枯れてしまった。
一本だけが残った頃、サボがアジトに帰還した。


ナナシは朝と夕に二回、水をやっている。そろそろ晩ごはんの時間だ、とジョウロに水を汲んだナナシは、共有スペースに入って窓に近づいたところで歩みを止めた。
植木鉢が────消えている。
しかし完全に行方不明になったというわけでもなかった。窓の傍には、外から帰ってきたばかりらしい帽子をかぶったままのサボが立っていて、ナナシが共有スペースに現れたとき、手に持っていたなにかをサッとその背中に隠した。まるで子供が壊してしまった物を隠蔽しようとするみたいな仕草だった。
ナナシはサボの背後にある窓を見遣る。うっすらと映る黄色を見たあと、ほんのりと笑みを浮かべて、目を合わせようとしない青年に優しく声をかけた。

「サボ、そこにあったヒマワリ、知らないか?」

自分で隠しておきながら、直接触れられないことに焦れったそうな顔をして、サボがじっと見つめ返してくる。

「……さっきコアラに言われた。“本物のサボ君が帰ってきた”って。どういう意味だ?って訊いたら……ナナシさん、花におれの名前つけて、毎日呼んでたんだって?」
「あァ、うんと可愛がってた」

コアラの予想とはちがい、眉を顰めてなにやら複雑そうな顔になっていくサボ。勝手に自分の名前をつけられたことに怒ったのだろうか。サボはついには視線をゆかに落としてしまった。

「……おれは……見た目はきれいじゃねェけど……呼ばれたら反応するし、返事だってできる」
「……うん?」
「手を振るし、駆け寄る。というか、話せるし」
「?? うん」
「けどまだおかえりとすら言われてねェ」
「…………」
「っ、いや……その、ちがくて。あなたを責めてるわけじゃ……」

言いながら、肌をうっすら赤らめていくサボ。先程からなにか一言いう度に早口になり、しかめっ面に変化していっている。その表情には、つい言わなくてもいいことを口走ってしまったみたいな後悔も感じられて──ナナシはようやくサボがヒマワリに対抗しているのだと気がついた。ナナシの笑みが、いっそう柔らかくなる。

「おかえり、サボ」
「……っ」

サボが唇を噛みしめたのは、強請って言わせたみたいな状況にまたまた複雑な心境にでもなっているのだろうか。
そんなサボに近づいて、サボの左目にかかる前髪をそっとよこへ流した。反射的に体をのけぞらせようとしたものの踏みとどまったサボを見て、そのまま火傷の跡に親指で触れる。
男が自分のことをきれいと表現すること自体少ないとは思うが、サボが自分をきれいじゃないと言った理由は、おそらく髪で隠しているこれがあってのことなのだろう。なら、

「サボはきれいだよ」

否定しておこうと思った。(というか、男前なことは周知の事実であるのだし)

「……!」

サボが、元々くっきりとひらかれていた目をさらに押しひらく。やんちゃだった小僧がぐんぐんと成長し、精悍な顔立ちになって。でも今目の前で恥ずかしそうに真っ赤になっている青年の中からまだあどけなさを見出だし、優しく守ってあげたくなる欲求を掻き立てられる。

「いつも背筋がピンとして、まっすぐ前を見つめて、どんなときにも力強いままで。そこにいてくれるだけでみんなも空間も活気づく」
「あの、ナナシさん……」
「ヒマワリにサボって名付けたのは、誰にも無視できない存在感が似てる気がしたからだよ」
「ナナシさん、もういいですから……!」

褒めれば褒めるほどに可愛い反応を見せるサボについ調子にのっていると、サボが背中に隠していた植木鉢を押しつける様にして返してきた。
ジョウロを持っていたので片手で落とさない様に受け取って、位置を安定させようと膝をほどよく曲げながら抱えなおす。抱えなおして、赤子をあやすみたいにぽんぽんとリズムよく手のひらで叩きはじめた。

「もしかしたら……僕は、淋しかったのかもしれないなァ」
「……淋しい?」

帽子の下から窺う様に見上げてくるサボ。そう。と肯定して、かつてよく隣にしゃがみ込んできたサボ少年の姿を思いかえしていた。なにしてんのナナシさん、と弾んだ声で尋ねてきてくれた姿を。

「近頃はめっきり、サボと話す機会も少なくなっていたし。その埋め合わせをしていたつもりだったのかも」
「そんなことしなくたって……」
「────うん」

先の言葉を予測しながら頷いて、植木鉢を窓辺にそっとおろす。
いつもどこかへと迷いなく歩いていくサボの姿を、ただ見守っているだけだった。呼び止めれば、邪魔をしてしまう様な気がして。でも、こちらから話しかけてはいけないなどと誰が言ったのだろう?一人で勝手に思い込んでいただけだ。

「これからは人間のサボにも、うんと話しかけるとするよ」

いいよなサボ?と問いかければ、サボは帽子のつばをつかんで目元を隠す様にずり下ろし。「…………ン」と、短く呟きつつ、控えめに頷いてくれたのだった────。




「サボ、おはよう。こらこら寝癖がついてるぞ、男前が台無しだ」
「サボ、ハックやコアラ達に迷惑ばかりかけるんじゃないぞ」
「サボ、水分補給はこまめにな」
「サボ、忘れ物はないか?」
「ほら、アメちゃんだぞ」

「────ナナシさんチガウッ!!」

「え!?」



「どうしようコアラ、サボが怒った。調子にのって構いすぎた……」
「構われすぎて怒ったわけじゃないと思うけどなァ」


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