プロポーズ大作戦 


何から何まで白黒はっきりさせなくたって別にどうという事のなかったいいかげんな俺が『曖昧な状態』というものに気持ち悪さを感じる様になったのは、ひょっとするとサカズキの隣で長年過ごしてきた一つの証しになるのかもしれない。胸中の靄を取り払おうとすぐさま行動へ移す、なんていうのはまさに彼の男の影響によるものだ。


「サカズキ、俺はサカズキを好ましく思っているよ」
「あァ」

家路につく途中、分かれ道のところで告白してみたが手応えはなし。


「サカズキ、俺にとってサカズキは特別だよ」
「当然じゃ」

十中八九、伝わっていない。


「サカズキ、一緒に暮らそう」

さすがに間があったが。

「……手続きはお前がせェ。荷物は早う持ってこい」

そういえばサカズキとは元ルームメイトという仲でもあった。理由を訊かれなかったのは、給料も十分にもらってる筈の大人がわざわざ同居を頼み込むなんて相当な事情があるにちがいない、なんて、らしくもなく気を使われたりしてしまったんだろうか。まだサカズキの家とは一言もいってなかったんだけどな。




「といった経緯でなぜかいまだによくわからない状態で一緒に暮らし始めている」
「君らは本当に面白いねェ〜〜〜」

進展はあったのかと訊いてきたボルサリーノにありのままを伝えれば本当に面白そうに食いつかれた。ちなみに同棲が始まってすでに一週間が経とうとしている。

「どんどんドツボにはまってきてる参った。この前の発言≠俺はどう受け取ればいいのやら……──」


先日、今いる二人でサカズキの家へ飲みにいく機会があった。年食った男達が仕事の話抜きで花を咲かすとなれば大抵は昔話だ。そこで俺はサカズキと長年共にやってきたこれまでを振り返り、独り者らしく「婚期を逃してしまった」なんて思ってもいないことを嘆いてみせた。その言葉を受けサカズキの口から飛び出してきたのが貴様はわしの伴侶じゃろうが#ュ言なのである。
あんなにも胸を高鳴らせたのはいつ振りだっただろうか。しかし困ったことに俺は元々周囲からサカズキの『古女房』とよばれている様な存在で、その事はもちろんサカズキだって知っている。となれば『自分の妻』宣言が俺の望む愛情なのか、それとも仕事関係における最上級の信頼なのか、判断のつけ難いところだった。


「ナナシもわざとなんだろォ?」

頭を抱えていたところ、ボルサリーノがなにやら確信をもった声で尋ねてくる。

「婉曲的な表現ばかり選んでる様じゃいつまで経ってもわからず仕舞いだと思うけどねェ〜〜……」
「…………好ましいも、特別も、同棲発言だって直接的だろ?」
「ふつうは伝わるよね〜。ただ誰かさんにも同じ様に伝わるかは……古女房の方がよくわかってると思うけどね〜〜〜……」
「………………」

ボルサリーノに言われた通りだ。なるべく匂わせてはいるが、サカズキならどっちの意味に取るか半々といった微妙な言葉ばかりを選んでいる。逃げ道を断てずにいる。

「といっても、同じ屋根の下にいることを許したんだろォ?だったらもう、そういう意味だと受け取っちまえばいいんじゃねえかァ?」
「……怒ってる気がするんだよ」

ぽつりと零せば、こてんと首をかしげられる。べつに可愛くないからな。

「俺が真意を確かめたくてあれこれ言う度に、なんというか、口角の下がり具合が増してる気がして」
「……オー……」
「日が経ってもリセットされないから正直気が気じゃないんだ。お陰で家でも無駄に緊張して仕事場の延長みたいな空気に……」

ふとボルサリーノを見遣ればぼんやりとした顔になっていた。興味の範囲外か。こりゃもう聞いちゃいないな。

「……ま、現状そんな感じだ。俺はそろそろ仕事に戻るよ」
「ナナシ」

ボルサリーノの何もかもを見透かしてるぜ、と言われている気になる瞳がサングラス越しに覗く。


「君は、何を以てサカズキの好意を判断するつもりだい?」


「…………何を、って……」
「不器用同士は大変だねェ〜〜」

質問を重ねるより前に黄色のストライプが去っていく。以前はサカズキよりもウマが合うと思っていた彼の曖昧な物言いが、今はひどく煩わしいものに感じられた。







『君は、何を以てサカズキの好意を判断するつもりだい?』

何を。何をと言われたらそれはもちろん。


「サカズキ、饅頭買ってきたんだけど食べるか?この前サカズキもおいしいって言ってたやつ」

瞬間、ほわっとしたオーラを漂わせるサカズキ。これだ。うれしさや恥ずかしさを感じれば相応の反応を示す筈。少なくとも怒気が漂うのだけは絶対におかしい────。
堅い空気を崩す為のおみやげ作戦は見事に成功した。饅頭には焼酎だと常々思っている俺はグラス片手に甘味を頬張る。最高に肥りやすい組み合わせだが、明日にでも燃焼させればいいだろうと久方ぶりの安らぎを味わった。


「サカズキー。風呂は沸かせたし布団ももう敷いたから……って、あれま」

縁側であぐらをかいていた背中に声をかければ無反応かつ僅かに頭が垂れている。そおっと顔を確かめれば案の定サカズキは目を瞑っていた。
働くことが生き甲斐なサカズキにはこまめに仮眠をとる癖があって、ちょっとした休憩にも立ったまま寝入り出すなんてことはよくあった。15分ほど経ったら起こして風呂に入らせようと決め、サカズキの手から空のグラスを引き抜き、座布団を持ってきて枕とする。体をゆっくりと傾かせ、仰向けになった上からタオルケットを被せた。今は仕事中じゃないから楽な姿勢の方がいいだろう。制服ではない格好で眠っている姿は目に新鮮だった。

「(好きです。愛しています。キスがしたい。結婚しようか。……男同士で出来るわけなかろうがァ。……なんちって)」


間違えてしまったときがこわい、と思う。

理解されるまで伝え続けて、しかしサカズキに友愛までの気持ちしかなかった場合──恐らくその後の仕事に支障を来す様になる。サカズキは公私混同するタイプだ。仕事にプライベートを持ち込むんじゃなくプライベートに仕事を持ち込む。むしろプライベートが仕事に侵されている。オンオフの付き合い方に差がほとんどない堅物男だった。
だからこそ取り返しのつかない逆鱗に触れすべてが駄目になってしまうことが恐ろしい。告白を冗談だったと誤魔化せばそれはそれで悪質な悪戯かと大噴火しだすのは目に見えている。ただのケンカで終わり、そのまま何事もなかったかの様に日常に戻れるなら幸いだが────……。


「(はーァあ。俺だけ悶々とさせられちまって。腹立たし)」

『婉曲的な表現ばかり選んでる様じゃいつまで経ってもわからず仕舞いだと思うけどねェ〜〜……』

「……青くさい告白でもしろってか」

酔った勢いもあるのかもしれない。すっと身を屈ませ、無防備な唇に押しつけるだけのキスをしていた。サカズキがちょっとやそっとのことでは起きない性質だと経験則のもと知っている。嫌がらせかと思うくらいに強く揺すらねば目を覚まさないのだ。
あつい────。酒も乾き、かさついてひび割れている薄い皮膚。アルコールの所為もあるかもしれないが、予想通り体温は高く、触れてすぐにその温度を分け与えられる程だった。案外あっさりと奪えてしまった唇と成し遂げられた大胆な行動に拍子抜けする。いや、ここにサカズキの意思は介在していないのだからそれはおかしい。当て嵌めるべき言葉は、腰抜けだ。
頭は冷静になっていく一方、首の血管が拡張するかゆみと共に、顔の表面は熱を帯び始めていた。

──────ぱち。

サカズキの瞼が、開く。開いてしまった。猟師に見つかった獣の様に全身の毛穴が開く。唇はギリギリ離れていたが不自然な近さにあった。極めて至近距離で視線がかち合い、驚きのあまりお笑いのコントみたく後ろへ飛び退きそうになったが、寸前で無骨な手にがっちりと捕まえられ阻止される。
サカズキなら。サカズキなら苦し紛れの言い訳もなんとか通じるだろうか。完全に、油断していた。

「な、なんで……」

言い訳はどうした。意思に反して動揺丸出しのまとまりのない声ばかりが洩れてくる。

「揺すら、ないと、起き、ない……ハズじゃ……」
「……意識は常にわずかにある……返事が億劫だっただけじゃ」
「今までダマしてたのか?!」
「いつわしが起きちょらんいうた」

ムッとされたことに納得がいかずさらに言葉を返そうとしたところ、突然つかまれていた腕を物凄い力で引き寄せられる。


ゴチン!

「ッ……!?」
「…………!!」
「っ……何が、したいんだ、サカズキ……!」

目の前に火花が散った。サカズキまで痛そうに身悶えている。歯と、歯が、物凄い勢いで衝突したのだ。芯がじんじんと痺れて頭の中まで小刻みに揺れている。欠けてないだろうな、と真面目に心配になる衝撃の強さだった。

「もう……何なのお前……」

指の隙間から文句を垂れながす。悶え続けるふりをしてそっぽを向いていると、「貴様こそ」とサカズキが何かを言い出した。

「今のはどういう了見じゃ」
「…………今の、とは」
「キスしたじゃろうが」

サカズキの口からキスだなんて!
よくわからないテンションになりながら、逃げ道を探そうとする心と、何もかもを吐露しようとする心がせめぎ合う。取調べを受ける人間ってこんな気持ちなんだろうか。

「恋人じゃとも、思うとりゃせんかった癖に」

「………………………………あえ?」

いじけている様に聞こえたのは気の所為だろうか。思わずすっとんきょうな声を零してしまった。いや、それよりもまずは。

「恋、人……?」

確かめる様に呟けば、サカズキは口角をさげ拳を硬くにぎりしめる。見た覚えのある反応に、今まで導き出せなかった答えがひょっこり姿をあらわそうとしていた。


『サカズキ、俺はサカズキを好ましく思っているよ』
『サカズキ、俺にとってサカズキは特別だよ』

当たり前だと思っていた関係を再確認する様な言葉たちは、関係を深めるものではなく、むしろ互いの認識の差を浮き彫りにさせていったのだろう。好きも特別もサカズキにとっては体の細胞の様に馴染んでいたもので、今さら心を浮き立たせるまでもなかった。という事でいいのだろうか。


「……さっきの衝突事故は、キスしようとしてたのか?」
「…………」

沈黙は肯定と見なす。すぐにでも抱きつきたい衝動に駆られたが、ちゃんと言葉で伝えてからでなければ行ってはいけない様な気がして、サカズキの拳の上からそっと手のひらを重ねた。
正直、夫婦や恋人らしいことなんて──甘い言葉を交わしたことも誘いを受けたことも触れ合ったことも──記憶にあるかぎりそういった雰囲気を感じ取れたことなど一切なく、想いは通じていると思い込んでいたサカズキの方にも問題はあった気がするのだが。そこはおあいこということにして、これからの二人に思いを巡らせる。

「もう、サカズキなしの日々なんて考えられないから。しわくしゃのじいさんになっても、一緒にいてくれよ」

心身共に無事なまま老後を迎えられたら。いまみたいに二人で縁側に並べたらいいなと、願う。手のひらに包まれた拳が、ゆるやかに緊張を解いていった。

「……骨になるまでじゃろうが」

迷いのない声音に────その言葉に瞠目したのち。幸福を噛みしめる様に、笑った。



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>主人公がきちんとプロポーズをするお話をお願いします。
リクエストありがとうございました!

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