お手柔らかにおねがいします 


本日は参謀総長就任祝いの宴が催されていた。主役はサボ。年齢でいえば若手の枠に入る彼が、多くの人間をうごかすその立場に任命されたことは、まさに大抜擢といえた。宴といっても派手なことは一切せず、普段なかなか揃うことのないメンバーが顔を揃えて酒を酌み交わす。それくらいのイベントだ。とはいえまったく羽目をはずさないわけでもなし。主役が祝い酒をしこたま飲まされてしまうのも、まァ、致し方のないことだ。
宴は中盤を過ぎた頃から主旨など忘れ去られ、至るところでどんちゃん騒ぎが始まっていた。そんな中いち早くダウンしてしまったのは、休む間もなく揉みくちゃにされていたサボである。ソファに顔を伏せ、ぴくりとも動かなくなっていた。

「珍しいー、サボくんが酔い潰れちゃうなんて。あたし部屋まで送って来ますね」
「それなら俺がやっとく。酔っ払いは重いからな」
「あ、ナナシさんついでに抜けようとしてますね?」
「わかってんなら黙って見送っとけ、コアラ」

はーい、と明るい声に見送られ、おんぶした参謀総長を彼の部屋まで運んでいった。

────ベッドの上にずるりと横たえさせると、寝苦しくならないよう衣服をゆるめる作業にとりかかる。首からクラヴァットをゆるやかにひき抜き、袖のボタンをひとつひとつはずしていき、ベルトの金具を解いてループから取りはずす。あまりにも無防備な姿に、一瞬、邪な考えが脳裏を掠めるが──。年上の理性で抑えつけ、ブーツを脱がせるところまで完了させた。
休憩だと称して、ベッドに腰掛け、傍らの青年を見下ろす。

「……襲っちまうぞ」

繰り返される規則的な呼吸に、声が届いていないことを確認し、微笑を洩らした。
瞼にかかる金色の前髪を押しのけ、頬の稜線を指の背でなぞる。じっくりと見ることの許された顔はまだわずかに幼さを残していて、弟みたいに可愛がってきた微笑ましさと、意中の相手として見つめつづけてきた愛しさが、混ざって、とけて、一緒になって胸にまでこみ上げてくる。
これ以上眺めているとアルコールを言い訳にほんとうに襲ってしまいかねなかったので、額へのキスで欲を満たし、部屋を立ち去ろうとした。

「おやすみ、サボ」
「……、ナナシさん……ナナシさんだ」
「────…………んだどうした。ンな甘えた声出しやがって……」

どうやらすこしだけ意識を浮上させてしまったらしい。わずかに目をひらいたサボと視線が合ったかと思えば、途端にへにゃりと笑われる。いいな、そのふやけた顔。最近じゃキリッとすることの方が多くなってたし。
……なんて、油断して見蕩れていた俺は、首のうしろへ回された腕の存在に気づくのが遅れてしまった。掴まれ、ぐっと力を込められたときには、もはや回避不可能な位置に迫っていたのである。

「サ────」

呼びかけようとした声は、続きを紡ぐことなく、やわらかいものに塞がれる。
クチビル、だ。
じぶんも大概酒臭かった筈だが、もっと泥酔しているサボがゼロ距離まで近づいたことで、その匂いは急速に濃度を増した。というか、ちょっと待て!

「おいサっ……、ん……!」

体を起こそうとするが、見た目よりも逞しい腕の中に抱え込まれ逃げられない。冗談で済ませられるうちに離してしまいたかったのだが、小鳥の啄みの様に下唇を食まれたり、呼吸を貪る様に深くしつこく重ねられたりしているうちに、からだの熱も、部屋の湿度も、引きかえすことが困難な領域にまで達してしまった。
ついに口内へサボの舌まで迎え入れる事態になって。その頃にはもう、理性を必死につなぎ止めることもばかばかしくなっていた。自らの舌も唾液と共にいやらしく絡ませる。酔っているサボの舌は動きがぎこちなくて可愛かった。夢心地というよりも、火傷しそうなほどの熱に浮かされながら、肌にまとわりつくみたいな甘ったるい空気に酔いしれていく。
互いに離れたのは、コツン、と歯がぶつかり我に返ったことがきっかけだった。それでもまだ吐息のかかる位置で、向かい合わせになりながら呼吸をととのえている。

「ナナシさん……、シたい」

すこしの沈黙の後、肘と肘のあいだに閉じ込める格好になっていたサボが、真下から色気をふり撒いて甘い誘いをかけてきた。知らず喉がごくりと鳴る。おいおい、いつ覚えたんだそんな顔……。

「…………後悔すんなよ?」

酔ってるとか、気持ちの確認とか、そんなことそっちのけで、今はこの据え膳を食わないでどうする?と、ただただ欲望に流されるままに服に手をかけ────……ようとした瞬間。肩口をぐわし!と掴まれ、何が起こったのかわからないぐらいに視界がブレた。世界が一回転したかと思った。背面がぼすんっとベッドにやわらかく受け止められ、腰に人の重みがのしかかる。

「しないですよ、こうかいなんて、ぜったい」
「………………………………え?」

なぜ、俺が────サボを見上げてる?

「……!?ちょ、っと、待ってくれ」
「ムリ」
「え、あ──ハァ?!」

俺が下!?混乱している俺の顔の両脇にドス、ドス、と勢いよく手をついたサボは、こっちが恥ずかしくなるぐらいにそのかんばせをうっそりとさせていた。けれどその奥にはたしかに獰猛な雄の眼光がギラついていて。それを覗き込んだ瞬間、命の危機感に似たぞくりとした痺れが背筋をかけ上がる。「ナナシさん」呂律の危うげな声が聴覚を支配する。

「こわしたら、すみません」

──────見たことのない蕩けきった表情に、潤んだ両眼に、開いたシャツからのぞく形のいい鎖骨……。うむ。眼福。なんて現実逃避めいた思考の合間に、竜の猛攻は始まってしまった。


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