ハッピーバースデー!黄猿 


そもそもあの人は祝われたい願望自体もっているんだろうかと疑問は過ったが、恋人になってから初めて迎える誕生日。絶対にお祝いしたい、という思いがカレンダーの日付を数えるナナシの胸裏で膨らみつづけていた。

世代が異なれば嗜好も変わるもの。とんちんかんな物を渡すわけにもいかないしサプライズをよろこぶ様な相手でもなさそうだしなあ、と思いあぐねたナナシは、『いま何か欲しいものはありますか?』という質問を直に本人へとなげかけてみた。何の為の問いかに気づかない程ナナシの上司兼恋人は鈍くはない。もう少し鈍感でいてくれたっていいのにと思うくらいには勘が鋭く、だからこそ唐突な質問にも聞き返して来ようとする素振りを見せることはなかった。

「そうだね〜……欲しい物なら、自分ですぐに買ってるからね〜〜」
「ですよねー」

年どころか階級の差も開いていて、お財布事情なんてものは言うに及ばず。おいしいお店の情報にしたって相手の方が量も質も格段に上回っており、ナナシプロデュースのデートはあまり成功した試しがなく若干トラウマにすらなっていた。となればやっぱり、背伸びし過ぎない程度にお高めなネクタイや万年筆あたりが良いんだろうか。無難すぎるよなー……とあれこれ思考を巡らせては眉間にしわを寄せるナナシの顔を、ボルサリーノはじっと見守っていた。

「高い物より、わっしはナナシと一緒に過ごせる時間がほしいねェ〜」

ぱっと目蓋を開いたナナシは口も半開きのまましばらく固まって、ボルサリーノと目を合わせたのち、徐々に徐々に顔の向きを逸らしていった。ボルサリーノの視界の真ん中で小さな耳が赤く色づいている。

「その顔を見れただけでもわっしは充分なくらいだよォ」

ボルさんらしい、と職場では控える様にしている呼び方を思わずしてしまうくらいには、ナナシは浮かれていた。




しかしそんな無欲の人であるからこそ大いによろこぶかおを引き出してみたい、と思うナナシなのであった。

「というわけで何あげたら驚いてもらえると思いますか、クザン大将」
「特にいらないって言われたんならいらないんじゃない?」

ボルサリーノと比較的仲が良く、かつ恋人関係を知っている、かつプレゼントを貰った経験が豊富にありそうな人――これほどまでに条件の揃った相談相手をほかに知らないが、如何せんその男には面倒くさがりという難があった。

「何年も経った後ならともかく、付き合って数ヶ月で何もなしなんていうのはあまりに味気ないじゃないですか。俺よりボルさんに近い世代として何かアドバイスをくださいよ」

はァ、と明らかに面倒くさそうに溜息を吐かれるも、ナナシには痛くも痒くもないので引き下がることはしない。それを理解した青雉は、だらけるのをやめた顔つきで答えた。

「結構真面目にアドバイスしたつもりだって、さっきの。年食ってくると自分の誕生日を一々イベントにされんのは面倒だって思う奴もそれなりにいるし」

おれはそうは思わねェが、という言葉は耳をすり抜けていったが――。

「何かあげたいっていうのはお前の気持ちでしょ?あっちが何を望んでるかの方が大事なんじゃないの?」
「……サボり魔の癖に言いよる」
「サボりは関係ないでしょうが」

ぐうの音も出ないとはこの事か、と思うナナシなのであった。







「わっ。おはようございます、ボルサリーノ大将」

何かに呼び寄せられる様に早く出勤したボルサリーノは、さらに早く出勤していたナナシに迎えられ、示し合わせた様な偶然に口元をほころばせた。

「おはよう〜。今日は随分と早いんだねェ〜」
「はい、まァ、ちょっと」

ナナシのデスクには本日ボルサリーノが捌くことになると思わしき書類が積まれている。それを不思議そうに覗き込めば、手を止めたナナシが立ち上がってまっすぐにボルサリーノを見つめた。

「ボルさん、お誕生日おめでとうございます」

凛と響く声は朝から気分をよくしてくれる。

「これはその、仕分けとかを色々と始めてたんです。それで、あの――」

ボルサリーノはナナシがクザンの元へ相談しに行ったことを知っていた。大方、プレゼント内容についてであろう事も。若い恋人の“祝いたい”という強い気持ちも理解できるし、それに付き合うのもわるくないと感じていたボルサリーノは、にこにこと笑みを浮かべながらナナシの次の言葉を待った。
――しかし恋人が用意していたプレゼントは、ボルサリーノが予想した形から外れていた。

「ボルさん、今日は二人で一緒に帰りませんか?」

“この関係はしばらく周囲には秘密にしておきたい”と言っていたナナシからの、意外な申し出。

「お互いに仕事を早く終わらせて……――少しでも長く、二人きりで過ごせる時間をつくりたいです。……プレゼントの意味も兼ねて」

返事が遅れてしまったのは、相手が自分の事をよく考えてくれたのだろうなという実感に浸っていたからだ。その間に「ボルさんが言ってたんですからね」と付け加えてイスに座り直したナナシは慌てた様に仕分け作業を再開させる。わかりやすい照れ隠しだった。

紙の擦れる音だけが聞こえる空間で、ボルサリーノはその旋毛にキスを落とす。バサバサと書類のくずれる音が鳴りわたり、小さな悲鳴が朝の空気を震わせた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -