あなたの為なら極上の酒を用意する 


「ペンギン達は船長の無邪気な笑顔って見たことあるか?」
「「無邪…………気…………?」」

全身の血が冷え渡っていくような顔色と声で見事なシンクロをしたペンギンとシャチ。普段あれだけ船長船長とハートを飛ばす勢いで慕ってるっつーのに、どんな認識持ってんだ。

「ね、ねェよ……あの人の無邪気な笑顔とか想像するだけでホラーなんだけど」
「笑うなら“フッ”か“ニヤッ”て感じだよな」
「ベポはどうだ?」
「“クックックッ”って笑ってるところなら見たことあるよ」
「「「あ〜〜……」」」

じゃあアレは貴重なショットだったってことか、と質問の意図を訊いてくる三人をあしらいながら考える。

「あ。それともう一つ訊きたいんだが――……」



シャボンディ諸島で起きた大騒動のどさくさに紛れ、ジャンバールと共に仲間に引き入れられてからおよそ一年と三ヶ月。年下ながら驚くほどに肝が据わっており頭も切れる超新星の一人、トラファルガー・ローという男は、船長の器として申し分がなく、今ではすっかり自分も彼に惚れ込んでいた。

そんな彼の珍しい“かお”を目撃したのは昨夜のことだ。
健康志向のつよい船で唯一の喫煙者である俺は、“吸うなら屋外でのみ”という自分で定めたルールの下、甲板で一服していた。早く眠らねェと翌日に響く年になってきたな、なんて虚しいことを考えながら部屋へ戻ろうとしたときのこと、船長室から聞こえてきた微かな呻き声に足を止められたのだ。
瞬時に思い起こされたのは『去年もこの時期に魘されていた気がすんな』という不確かながらもしっかりとこびり付いていた記憶。

「失礼すんぞー……」

小声であいさつをし、すまないと詫びながらも無断で入室した。



ローが普段クルー達のイタズラに巻き込まれないのは、気配に鋭いからだといえる。例えベポにもたれて昼寝をしていたとしても、半径三メートル以内に誰かが入れば確実に気付くような奴だった。そんな大物が、俺がベッドサイドに腰かけても目を覚まさないなんて。

「……、う……っ」

眉間にはきつく皺が寄り、額をはじめとする肌全体に汗が滲んでいた。低く唸ったかと思えばぱたりと大人しくなるその様子は、病気やけがをしたときの歯を食い縛るような苦しみ方とは明らかに違っている。

――天竜人に“船長コレクション”のひとつとして飼われるより前は、自分の海賊団を率いていた。キャプテンとしてクルー一人一人をよく見るようにし、世話を焼いていたのだ。
その頃のお節介さがにわかに蘇ってくる。汗を吸いしっとりと濡れる短い黒髪をくしゃりと撫でた。手のひらで包み込むように、何度も何度もゆっくりとかき撫でていると、次第にローの表情が和らいでいく。
安心して口元を綻ばせていたところでローの目が薄らと開いた。さすがに起きるよな、と笑みを苦いものに変えながら、努めてやわらかく声をかける。

「すまないな、勝手に入らせてもらった」
「…………コラ、さん……」
「……?」

寝ぼけているのだと即座にわかった。しかし、呼んだ名前は誰のことだったのか。クルーのニックネームでもないなと確認している俺に、寝ぼけ眼のローが続ける。

「……また、タバコ……火、燃え移……なよ……」

――――そういって、笑ったのだ。

しょうがねェなと呆れる様に。優しく見守る様に。けれどどこか、どんなことを言っても許されるとわかっている子供みたいな顔で……安心しきった様に、笑ったのだ。
物凄い破壊力だった。

我に返ったとき、ローは再び眠りに落ちていた。眉間にはもう皺は寄っていない。悪夢からは抜け出したみたいだなと安堵の息を吐きながら、ふと、思う。――船長がクルーの力を信じて頼ることはあるが、甘える姿は見たことがないな、と。
もちろんすでに甘えるなんて年じゃないことはわかっているし、女の前でだけ見せている姿だってあるのかもしれない。

ただ、叶うことならもう一度、いまの笑顔を見せてほしいと思ったのだ。




「ナナシ。お前、昨日おれの部屋に入ったな」

タバコを咥えて船縁に凭れていると、ローがやって来た。怒っているわけではなさそうだった。

「……覚えてんのか?」
「タバコの残り香がした」
「あァ、なるほど」

ツナギの腰の部分をがっちりと掴まれたお陰で、外すまでに悪戦苦闘した出来事を思い返す。匂いが残るほどに長居してしまっていたようだ。

「わるかった、勝手に。船長の魘されてる声が聞こえて、つい気になっちまってな」
「……そうか」
「そういや、コラさんってのは船長の恩人らしいな」
「!」

話した覚えがないからだろう、驚いた顔をするローに「寝ぼけて俺のことその名前で呼んでたぞ」と説明する。気になったのでシャチとペンギンに尋ねてみたことも付け加えた。
しかし情報はたったそれだけ。具体的にいつ頃、どういった関係で、どんな経緯でどんな恩を受けたのかはさっぱりわからない。詳しい話を誰も知らなかったのだ。

「どんな人なんだ?コラさんって」
「聞いてどうなる」
「……んー。恩人の恩人だしな、『俺が敬意を払うようになる』」

ローは不可解だという顔つきをしていた。シャチやペンギンの言っていた通り“触れない方が賢い選択”なんだろうか。その話題になったとき、ローは笑顔を消し去り完全に黙り込んでしまったと聞く。
だがローのあんなかおを引き出す『コラさん』が、俺はどうしようもなく気になってしょうがなかった。心臓の隅がちりちりと焦げつく感覚が止まないでいた。

「思い出したくないことだったか?」
「……楽しい話にはならねェな」

「それって……」口元から力を抜いて呟けば、隈をもつ彼の視線は海原へと逸れる。

「故人だ」

薄々予感はしていた。ようやく確信を得る。同時に、ただ亡くなったのではないなとも悟った。

「もういいか」
「近かったりすんのか、コラさんの命日」
「…………」
「なァ船長、可愛い船員から一つお願いがあるんだが……」
「わざわざお前が知る必要は――」

「俺のかつての仲間達の話、聴いてくんねェか」

予想と違っていたんだろう。踵を返そうとしていたローが、半開きの口のまま固まる。

なかなか話そうとしてくれないローではあるが、不思議なことに「訊くな」「話す気はない」とは一切言わないのだ。ダメなものはダメ、嫌いなものは嫌いとはっきり告げるあのローがだ。
驚くほどに肝が据わっていて、頭が切れて、戦闘センスも光っていて、大概のことは一人で出来て――だからこそ彼は他人に甘えようとしないのかもしれない。

そして自分の精神面を軽視する。

普段理性でどうにかなっているからこそ殊更その傾向がつよいのかもしれない。もしくは、自分ですら処理できない気持ちを分け与えて負担をかけたくない、という優しい考えを持っているのかも。
いずれにしろ、船員としてはやはりそういった時にこそ身を委ねてほしいものなのだ。何でも出来そうな奴だからこそ弱い姿も見せてほしい。無防備を晒してワガママを言ってほしい……まるで恋人に求める姿のようだ。
とにかく、『話しても楽しくない』『話してどうにかなるものでもない』。そんな理屈っぽい理由で口を閉ざしているなら、理屈っぽい形でその重みを引き出してみるのも手だなと考えた。

「楽しい話にはならねェかも。荷物を少し渡しちまうことにもなる。その代わり……お前が背負ってるもんも、分けてくれ」

魘されるほどに重たいそれを少しでも減らしてほしい。そしていつかは信頼を勝ち得て、あの笑顔を再び目にしたい。本音はこっちかな、と内心笑いつつ「話すだけで変わるもんもある。人生の先輩が言うんだ間違いないぞ」と偉そうに諭してやった。ローの話が一番の目的だとは見透かされているんだろうが。
顎を僅かにあげた船長は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。その反応からどんな答えが返ってくるかはすぐにわかって、俺が返す言葉も自動的に決まったようなものだった。

「いい酒――、用意しておけよ」


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