お茶目な上司ボルサリーノ 


うちの上司は無闇やたらとピカピカ光る。人が考え事をしていると目に指先を突きつけてきてピカッとしたり、部屋をわざと暗くしておいて部下が入室するなり全身をピカッとしたり。とにかく光っておどろかせようとしてくる困った人である。お茶目なことは、苛烈であるよりかは結構なことかもしれないが、部下こと俺の視力への影響は著しく、数か月と経たないうちに見えるランドルト環の数が減った。

これは、どうにかせねば。


「大将のサングラス、素敵ですよね」
「……急にどうしたんだい〜?」
「いえなんとなく。ブランドは拘りがあったりするんですか?」
「特にはないね〜」
「御用達の高級店があるとか」
「ふつうのお店だよォ〜」
「サングラス、少しだけ拝借してもいいですか?」
「構わねェよォ〜〜」

と言って顔を近づけてくるこの方はなぜ自分で外そうとしないのだろうか。俺に外せということだろうか。だとしたら、世話を焼かれることに慣れすぎなのではないだろうか。……余計なことを言うと気分が変わってしまう場合もあるので、失礼します、と述べながら意を決して両腕をのばした。爪が長いわけではないものの、指先が肌に当たってしまわないよう気を配りながら、そっとサングラスを引き抜いていく。
そのとき、目の前の人物からピカッと閃光がほとばしった。

「ッ────……!」

目もくらむばかりの強烈な、白。サングラスを持つ両手はヘタにうごかせない状態にあったので、顔を背けるという中途半端な対処しかできなかった。────『これ』である。こんな暴力的な光を日常的に浴びていては、視神経がいかれてしまうのも当然と言えた。
光が止んだのを感じて、うっすらと瞼をひらいていく。ゆっくりと正面の人物を見遣り、じとりと睨めつけるも、そこには相も変わらずにこにことした他人事の様な顔があるだけだった。

「やめてくださいと、何度も頼んでますよね?」
「聞いてるよォ〜」
「……聞き入れてはいただけないのでしょうか?」
「君の反応が面白いもんだから、つい、おどろかせたくなってねェ〜〜」
「…………」

この方のツボはわからない。無視や同調をはじめとする、喜怒哀楽などのリアクションもさまざま試してみたが、どれも彼の関心外にはならなかった。もはやお手上げ状態なのである。
隠れて嘆息したのち、くるりと背を向けてサングラスの観察態勢に入った。ロゴと、レンズの色と、特徴あるテンプルのデザインを具に確認。満足すると、テンプル部分を丁寧に折りたたみ、それから持ち主へとお返しした。なぜわざわざそんなことをしたか?もしかするとまた顔を近づけてくるかもしれなかったので、事前に防止措置を施しておいたのである。
上司はおとなしく受け取ってくれた。(残念そうに唇をきゅっとさせた気がするのは恐らく気の所為だ。)けれどもすぐにそれを掛け直すことはなく、テンプルをひらいたところでぴたりと手を止めてしまう。サングラスがあるとないとでは顔の印象が随分とちがって見えて、直に視線を合わせられると、いささか落ち着かない。

「……君にはあまり似合わないと思うけどねェ〜」
「何がですか」
「これ、買うつもりなんだろォ?」
「バレましたか」
「わっしとお揃いにするつもりかい?」

海兵に限らないかもしれないが、憧れの人と同じ物を身につけたがる者は存在する。服、香水、嗜好品や着こなしのときもあれば、普段の食事なんかを生活に取り入れたがるケースも見たことがある。しかしこれはそういったものとはちがった。では何のために?と問われれば。
最近、同僚と話していて気がついたことには、多分、この人────俺だけをおちょくってきている。

「お嫌、ですか?」

無駄な発光をやめていただきたい旨は伝えてあるのに止む気配は一向になし。さてどうしたものか、と考えていたときに閃いたのが、『もしや、あの光人間が掛けているあれは自らの網膜を守っているのでは?』という推測である。光人間が自らの光でダメージを負うなんてそんな情けない話があるだろうかと思いはしたが、太陽を眩しいと感じ直視できないのは同様であったし、指先から放つ光は上司自身も「見」ているはずである。まったく可能性がないわけではないと思うのだ。
上司がようやくサングラスを装着してくれた。見慣れた装い、見慣れた笑顔。けれどもけっして油断はならぬ厄介な相好。

「嫌どころかうれしいね〜。ただァ……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………………………?」

正面の虚空を向いていた上司の顔が、言葉を紡がないまま、じっとこちらを見つめてきた。なんだろうか。胸がざわざわするのでやめていただきたい。思わず一歩下がりたくなった衝動を抑えながら、「どうされましたか?」と先を促す。それでも間を繋ごうという素振りすらなく。彼は彼なりに考えが纏まったらしいタイミングで、ようやく口をひらいてくれた。

「……今度、お店まで案内してあげるよォ〜〜」
「えっ。いえ、そこまでしていただかなくとも……」
「それじゃあ、予約しておこうかァ〜」
「(予約!?)」



後日。貴重な休みを強制的に取らされ、尚且つリラックスできない人物と過ごす羽目になった。しかもふつうのメガネ屋≠ニ聞いていたはずなのに、木箱に納められた葉巻と、灰皿と、ワイングラスの用意された優雅なソファ席へ促してくれた店を、果たしてふつうなどと呼べるのだろうか。

「大将……。俺、1本3000ベリー以上のワインですらなかなか自分で買ったことなんか無いですよ」
「このワインはサービスだから、金なんか取られねェよォ〜?」
「そうですかその点については安心しました。……どれだけ良いサングラスを紹介されましても、無いものは、出せませんからね……」
「良いのに出会えるといいねェ〜」

慣れない場所に緊張して縮こまる、ソファにだってごく浅くにしか座れなかった小心者に、まともな買い物などできるはずもなかった。結局はほとんど、上司と店員の進行によって決まってしまったのである。当人はマネキン人形に徹していただけだ。

────スターリングシルバー製の華奢なフレームがクラシカルな、丸みのある逆三角形のフォルムをした『真っ黒』レンズなサングラス。意外にもそこまで値は張らなかった。金額を聞いたときには心の底から安堵した。さっそく職場に掛けていけば、周囲からの評判も上々。なんだかんだいって、身なりに気をつかう人間に選んでもらって良かったな、という感謝の念が胸を占めてきていた。

「ありがとうございました、大将。お陰様で快適な日々を過ごせています」
「それは良かったねェ〜〜」

この上司のピカピカにしたって、以前よりも直撃を食らうことはなくなり、眩しさだって軽減された──────……様に感じる、はずなのだが……。



視神経のゆるやかな死が、加速しているのはなぜなのか。



(濃い色のサングラスは瞳孔がひらく為、物によってはむしろ目がダメージを負ってしまいやすいんだそう)

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