踊る旋律 !性的表現あり/擦り合い止まり



「キスは?」
「なしに決まってんだろうが」
「そう言うと思った」

むしろ今までしたことあるのかよこいつ。と思った瞬間、ぽちゃん、と石が投じられた様にゾロの胸に波紋が生じた。今まで気にしたこともなかったナナシの性的遍歴が顔の横にちらつきだして、どうにも穏やかでいられない。身内の生々しい話なんざ知りたくないからだろう、という結論で、ひとまずは落ち着いた。

服の前を寛げ、下着の中から取り出したものへ、互いに手をのばす────。



サニー号の最上部に位置する展望台兼ジムにナナシが訪れたのは、15分ほど前だろうか。夕飯も終わり、わざわざ呼びに来る理由もないはずなのに誰だ?と思いながらも、ゾロはベンチに寝転がったまま目を瞑っていた。ようやく開けたのは、足音がゾロの脇で止まり、そこからうごく様子がなかったから。

「この船の奴等は、抜き合ったりしないの?」

「………………ああ?」

傍らに立っていたのは、吟遊詩人だった。代金がわりにリュートを奏で、歌をうたいながらいろんな船──時には海賊船を渡り歩いてきたという、すこし変わった経歴の男だ。聴衆に女がいればかならずといっていいほど『愛の調べ』だとかいって、キザで甘ったるい言葉を並べ立てるのを得意としている、見た目どおりの軟派な野郎である。どっかのコックの様に男を毛嫌いするといったことはなかったが、彼もまた女好きなのだろうと────……そう、誰しもが思っていたはずなのだが。

「だから、男同士で抜き合わないのかなって。言ってることがわからないなんてウブなことは言わないだろ?」
「…………」

ゾロも耳にしたことならあった。友人や仲間同士でするそういった行為について。長い船上生活を余儀なくされる船乗りの間では特段珍しくないということも。ただ、すくなくともゾロは、今までの航海で仲間とそういった経験をしたことはなかった。だからこそ返答に困ってしまったわけだが、反応が遅れたのにはもうひとつ、それを口にした人物に意外性があったというのもある。

「あ。女好きの癖にと思ってる」

人の思考を読んで、腹の読めないいつもの胡散臭い笑みを浮かべる詩人。

「ゴタゴタしたくないんだ。この船が好きだから。男と女に友情は成立しないと思っててね、だからナミやロビンとは、遊びでも関係はつくらないつもり」

やっぱり女が優先ではあったらしい。そして、今までに何度も問題に直面したことがあると暗に言っている。船といえば乗り合わせるのはだいたい男になるだろうし、あらゆる状況──つまり、男同士でするという場面に立ち会っていたってなんら不思議じゃない……と、ある程度の納得まではいったが。

「なんでおれなんだよ」

ナナシは目線を斜め上へ遣り、考える……というより、思い出す仕草をした。

「サンジに訊いたら、30日間発酵させた生ごみでも見るかの様な目をされてしまってね」
「……」
「ウソップには……ふるさとに彼を待ってくれてる可愛い子がいるんだって?一人でしか処理しないって言うから、彼女を思いながらするの?って聞いたら逃げられちゃった」
「…………」
「フランキーには、手のつくりがそういう繊細なことするのには向いてないから悪ィな、って断られて。断り方に大人の余裕を感じるよね」
「………………」
「んで、君にも一応声をかけてみようと思って」
「最後かよ……」
「最後じゃないよ。チョッパーとブルックには訊いてない。あとルフィにも」
「実質最後じゃねェか」

薄い口唇を横に引きのばしてクスクスと笑う詩人。「そうかもね」と話す口ぶりは、揶揄いまじりに感じられた。ごろんと寝返りをうち、胡散臭い男に背を向ける。

「一人でやりゃいいだろ」
「誰かに抜いてもらった方が気持ちよくない?」
「知らねェ」
「えっ、知らないの?なら一遍してみようよ」
「……そうじゃねェ」
「ゾロ不器用そうだから、後回しにしてたんだ。あと、嫌悪感丸出しにされたらすぐにでも引こうと思ってたんだけど……反応を見るに、抵抗が強いわけでもなさそうだし?」
「…………」

たしかに、ゲエッと不快感がこみ上げてくる様なことはなかった。悪寒などもしていない。同性に食指がうごく人間でもないというのに、これはおかしなことなんだろうか?

「お試しでさ。────ね?」

普段、女を蕩かせている艶めく声が、今はゾロの耳許で囁かれている。そんなにも溜まっているのだろうか、この男は。────この、男が。
一瞬でも“相手してやってもいいかもな”と思ったが最後。受け入れてやる理由や好奇心ばかりが頭をもたげてくる。たとえば、いつでも悠揚迫らぬ態度で笑っているこの吟遊詩人が、そういったとき、どんな顔をするのか、だとか────。



円筒型の壁に沿ってぐるりと設置されたベンチ。互いに片足をベンチにのせ、向かい合わせになって座っていた。ゾロは片膝を折り曲げ寝かせた状態に。ナナシは立て膝をして足先をゾロの脇に差し込み、おおきく開脚していた。月光りを反射するトレーニング器具が点在する空間に、くちくちとかわいらしい音がひびく。

「ゾロ」
「……なんだ」
「肩に頭、凭れさせていい?」
「……あ……?」
「君の視線が恥ずかしくって」

そんなにも見つめているつもりがなかったゾロは、指摘を受けて押し黙る。返事をする前に、肩に重みがかかった。

「────なァ、ゾロ」

呼ばれ、不意にナナシの手つきが変わる。かじかんだ手をあたためるときの様な摩擦の速さで、ぐちゅぐちゅと、緩急など度外視したつよさでゾロのものを上下に擦る。

「っ……!」
「コレと、────……こっち」
「……ッ!」

今度は打って変わり、筒状の形にさせた狭い手の中をじわりじわりと潜らせていく。ぐーっと、かけられた圧は痛気持ちよく、マッサージの様でもあり。浮きだつ血管を押されるほどに血流が促進され、循環がよくなっていくのがわかる。

「どっちがいい?……って……訊くまでもなかったね」
「……っふ」

ゆっくりしたうごきの方が、ナナシの指のいやらしさが際立って見えた。わずかな明かりに照らされ白く浮かび上がった肌。普段リュートを爪弾くその指は、ゾロの手とちがい、しなやかで繊細なつくりをして見える。予想を裏切らず器用らしく、陰茎の微妙な凹凸に合わせて蠢く指先は、視覚だけでも充分に劣情を唆られるものだった。つう、と形をなぞるうごきに、下腹部がふるえる。

「ゾロの、おおきいね」
「っ黙ってやれねェのか、てめェは……」
「これもコミュニケーションの一つだろ?大切にしないと。語らいは」

先っぽも立派だね。なんて、わざとかと思う。いやわざとなんだろう。弄んでいるのだ、この男は。人の反応を見て。困惑する姿を見て──楽しんでいる。いいようにされていることにムカつき、ちらりと見えた薄く色づいた耳に、歯を立ててやった。

「ひょわ!?」

────……予想外の上ずった声に虚をつかれ、逃げることを許してしまう。頭を離したナナシは、耳を覆いながら「びっくりさせないでよ」と、子供のイタズラを仕方ないなァとでも許すかの様に笑っていた。その調子は、いつもどおりの胡散臭いものにもどってしまっている。………………。

にやり。

笑えば、ナナシの顔面がかすかに強ばる感じがした。顎をひっつかんで横を向かせ、さっきよりも深い位置までがじがじと齧っていく。やはり『耳が弱い』らしく、慌てる素振りがあった。

「ちょ、っと……ゾロ、それはやめ、」

べろんと、舌全体を使って耳たぶからアウトラインをなぞり上げれば、陰茎から指先の震えが伝わってくる。

「っふ、!」

唾液を絡ませ穴に差し込めば、手の中にあるナナシの熱がわかりやすく脈打った。

「待、て、んぅっ」

なかなかどうして────。相手が困惑しているというのは、気分がいいもんだ。
ナナシの様に器用ではなかったゾロは、ほとんど一定の調子でしか擦ってやれていなかった。その所為か、いままでナナシの陰茎におおきな変化は見受けられなかったのだが、急激に張り詰めだし、ぬちぬちと透明なぬめりが増してくる。

「──おい、逃げんな」

さらに舐ろうとしたところで、ナナシがベンチから腰をあげてしまう。途中で降りるなんざ許さねェと腕を鷲掴みにしたが、ナナシは離れていくのではなく、むしろ壁に手を突いてゾロの膝に乗りあげてきたので、掴んでいた力を緩ませ、両足をゆかへ下ろした。

「お礼──させてもらわないと、……ね」

高くなったナナシの顔を見上げ、耳に舌が届かないことに気がつく。これが狙いだったのかと理解した。余裕を取り戻したらしいナナシは、微笑を湛え、刀を交わらせる様にしてゾロと己のものを手のひら一枚に包みこむ。あの器用な指が、二本を捏ねて一つにでもするかの様に、ぐりゅぐりゅと濡れた熱を絡ませた。

「……っ、……は、」
「くっ……」

距離が近づいたことで、息遣いや筋肉のうごきまで微細に伝わってくる。呼気の湿り気や、濃くなる汗の匂いに、ゾロの頭の芯はくらくらしてきていた。密着しているナナシの腰が誘う様にゆらめいているのは、無意識なのか、わざとなのか──……。
吐息をこぼす口唇に目がいって、けれど届く位置にはなくて。ゾロは首をのばし、顎の先端を甘く齧った。びっくりしたのか、ナナシが瞬時に身を引く。

「……そんな可愛いことするなよ」

困った様に笑う。その顔に、胸に小さな動悸が打った。

「……テメェが悪い」
「え、──────?」

うなじを掴んで頭を引きよせ、今度こそ口唇に、噛みついた。間近で見開くナナシの目。たしかに最初にキスはなしと言ったのはゾロの方だったが、したくなったものはしょうがない。止まっていたナナシの手をどかせ、ゾロが二本の主導権を握った。さっきまでのナナシのうごきを真似するつもりで扱きだし、けれど微妙な加減の仕方などわからない手は、自然と雑に、快楽に従い荒々しくなっていく。ナナシの頭が逃げようとするのを押さえつけ、ぴったりと口を接合させた。

「んぅ、む、ふ、ぅ」

引っ込んでいく舌を追いかける。窪みや裏面を舌先でつつけば、肩に縋る手がぎゅうと力んだ。粘膜の腹同士を擦り合わせる。境目が溶け、くっついて一つになる錯覚を起こした。

「んっ……、は、はっ、……ぁ、ゾロ、」

わずかな隙間から呼ばれる名にすら興奮してしまう。

「ぅ、っ、────んむ!ん、んん……っ、ン、っ……!」

ぐっと臍のあたりが熱くなり────。腰が浮いて、悦楽は一瞬。腹と腹の狭間で、互いに飛沫をとばす気配があった。それでもしばらくの間、気づかないフリをして、貪り合った。






快晴の下、軽快にデュエット(二重奏)をしているブルックとナナシ。その音楽にたのしそうに乗っているルフィ、ウソップ、チョッパーのうしろ姿は、いかにも日常風景といった感じだ。
──なにか期待していたわけでもない。ないが、あまりにもいつもどおりなナナシの姿に、ゾロは拍子抜けしていた。挙動がぎこちなくなるだとか、深刻そうに悩んでいるだとか、そんな反応は想像していなかったが。──昨晩、『仲間』の枠をゆうに越えている接吻をしたことに、結局、一度も話題として触れることはなかった。そんな後ではすくなくとも、陽気に演奏する気分にはなれないだろうと思っていたのだ。

ふと、ドライバーを回しているフランキーの姿が目に入る。船内へと続くドアの修理でもしている様だ。大きな機械の手のひらから、小さな機械の手を出し、『細かな』作業をしている。「フランキー」気になることがあって、尋ねてみることにした。

「ナナシの誘い、断ったんだってな」
「誘い?なんの誘いだ?」

通じていないのか、内容が内容なだけに素知らぬフリをしているのか。男同士の行為にはふつう嫌悪を抱くものなのか、とか。盛り上がってキスにまで至る事故なんてのは起こり得るものだろうか、とか。そういったことを訊こうとしていたのだが。フランキーの顔に、演技は感じ取れなかった。

「ナナシと、……話してねェのか……?」
「次上陸したときの予定か?」
「……いや」
「最近あいつと話したことつったら、この蝶番のネジが緩んでるぜって報告だとか、髪型イカしてんなって話題くらいじゃねェか?」


「────フーン……?」


なにかに気づいた剣士の目が、演奏しながら優美にうたう詩人へと向けられる。フランキー曰く、このときのゾロの表情は、獲物を捕らえる自信に満ちあふれた狩人のものであったらしい。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -