真昼間寝一

付き合って1年とか半年とか初めてキスした日とかそういう日を記念日と称して、わくわく胸を躍らせて楽しみにカレンダーに印をつけたり(あるいはわざとカレンダーとかには記入せずにお互いの意識の高さを計ったり)して、個人的な暦的ではない記憶の中だけの特別な日に神経や時間やお金をかけることを、男の人は好きじゃないってことはよく分かってる…面倒くさいって気持ちも…分からなくない…。普段どおりでいいじゃん?特別なことしなくても愛し合ってれば万事OKじゃん?分かる分かる…私だってさすがに『1ヶ月記念日☆』とか『初めてエッチした日!』とかを祝おうって訳じゃない、むしろ、そこまで短期間に連続的に記念日なんてあったら1つ1つの価値観が希薄になってしまいそうな気もする…何か金品をねだるための口実の、キャバ嬢のお誕生日のごとく、名目だけの無価値な日を祝えと、無茶なことをいってる訳じゃないの。一般的に考えて、そんな、神経質なタイプでもない、と、思うし…1年記念として…指輪とか、欲しいって言ってるわけじゃないでしょ…?100万ドルの夜景と高級ワインを強要してなんかないでしょ?大きなくまのぬいぐるみにブルガリの時計なんて言わないし、高級外車で迎えに来いとも願ってない。ただ、一緒に食事をしたかっただけなのに…

「3時間も待たせるって、どういうこと…」

『あ、いいよいいよ!オッケー!』最近人気のタレントの真似のつもりなのか、軽くほっぺたに手を添えてなにやら腹の立つ態度で、付き合って1年目になる日の夜の外食を、了承したのは寝一だ。面倒くさがりでやる気も向上心も覇気も無い寝一だけど、いままで1年間、何も問題が無かったわけじゃないけど、私達はちゃんと1年つきあてて、時間を共有して愛し合ってきたんだ。寝一ばかりが悪いわけじゃない。私だってそれなりに寝一にわがまま言ったり迷惑もかけた。それでも一緒にいたくて、一緒にいてくれるって事は…そういう事でしょう?愛し合ってるからだ。そんな1年を、祝って、また、次の1年、よろしくお願いしますって…世界最高水準のレストランじゃなくっていい、ちょっとおしゃれって程度のレストランでいいの、クーポンとか使えるところだっていい。いつもよりちょっとだけ気取って、高くないシャンパンでも乾杯できれば、プレゼントだって無くったって私はそれだけで満足なのに…。サプライズじゃなくていい、寝一がそういうの苦手だって分かってるから、ちゃんと前もって言っておいたの。わかったって言ったじゃないか…。

約束は6時。私のケータイは21:14。もしかしたら仕事が押してるのかも知れない…。何度か一緒に食事をした事のあるお兄さんに、申し訳ないけど連絡を取ってみた。寝一のケータイは何度鳴らしてもでないし、そのうちに充電が切れたのか、呼び出し音すら聞けなくなった。もしかしたら、ってことがある…。事故にあったとか、お家の急用とか…。だって、さすがの寝一でも、今まで、夜に、3時間も私を待たせたことは無かった。1時間は当たり前、2時間は遅いって怒って寝一の突き出た上唇をぎゅうっとつねってやる程度。3時間は…記録更新だ…。記念日に記録更新とか悪い冗談…狙ってんのかアイツ…。そしたらセンター分けのおでこのセンターを手刀ででドパンだ…。お兄さんは3コールでケータイに出てくれた。すみませんって謝って寝一がまだ、もしかして社内にいないかどうか訊いてみれば『定時には帰ると思うけれど、確認を取ってからまた、私のほうから電話させて頂くから、一度切りますね』電話越しでも、穏やかな笑顔が想像できる。はぁ…細かいことを、訊かれなくてよかった…『どうしてですか?』とか訊かれて『寝一と食事に行く約束だったんですが、3時間も遅刻してて心配になったんです』なんて言ったら、しっかり者のお兄さんの事だから、きっとブチ切れてたと思う…。以前の食事会の時もそうだった。寝一がいつもの調子で私の機嫌を損ねたのを見てお兄さんは、ペペロんチーノを巻いていたフォークで寝一のおでこを突き刺して『おなまえさんに謝れッ!!』って息を荒げてた…きちんとした、素敵な人だと思うけど…ちょっと息苦しい感じだ…。

担当部署の人に訊いてくれた上、会社の出社退社管理のネットワークまで調べてくれたお兄さんからの電話では『17時の定時丁度に退社が確認されてるから、もう帰っているはずなんだけどね』とのことだった。詮索されるまえにお礼を言って、失礼ながら早々に電話を切ってしまった。嫌な汗が滲んできた…。やっぱり、すっぽかされたんだ…。お兄さんのコネの立派なマンションの一室の、大きなソファに寝転んでケータイゲームをしながら『外食は面倒くさいもんなー』ってへらへらしてる寝一の間抜け顔が、悲しいけども鮮明に思い浮かぶ。街頭や営業中のお店の照明のおかげで、夜だけど真っ暗ではなかった。でも、私の心は、目の前は、お先も真っ暗だ。

「…帰ろ」

ため息のついでに出てきた言葉は素直で、祈るように覗いてみたケータイには奇跡の着信も無くて、メールすらなくって、21:26から丁度21:27に替わる瞬間だった。

寝一を叱ろうと思ったわけじゃないし、別れを告げようと思っても無い。じゃあ、どうしてって自分でも分からないけど、私の足は寝一のマンションに向かってて、歩きながら、何度目か分からないため息を落としながら高くそびえる彼のマンションの隣の公園の垣根に沿うように歩いていた。会って、どうするんだ…。寝一は、怒ったって仕方ない。私が100%の正論で叩いても、寝一はいままで一度だって素直な反省を見せた事はなかったし、寝一は仕方ないって諦めていたのは私だ。…そもそも、会ってくれるかどうかすら分からない…。多分21回目のため息が、不思議なことに誰かのため息と重なった。

「…寝一?」
「おなまえちゃん…」

スーツのまま、公園の外側に置かれたベンチに座ってうな垂れているのは、いろいろ突っ込んでやりたいけど…とにもかくにもそれは寝一だった。信じられないけど、私の顔を見て、酷く傷ついたような顔をされた…え、おかしくない?その反応…

「ねぇ、ご飯。今日だったんだけど」

たっぷり時間をつかって訊けば、寝一はまたうつむいて、すねた子どもみたいにその上唇をつんと尖らせて、1分くらいだまりこくったままで、自転車が1台通り過ぎていくのを目線だけでやり過ごしてから「うん」と力なく返事した。なんで寝一が泣きそうな顔するんだ。泣きたいのはこっちだ…。不満を、ぶちまけていいんだ、私は。定時に帰ってたくせに、直ぐ近所の待ち合わせ場所に、なんで6時に来れないの?7時になったって怒ったりしないのに!遅れるなら連絡してくれればいいでしょ?!行きたくなくなったら素直にそう言ってくれればいい、無駄な待ち時間をすごさなくてすんだのに!食事1回断られただけで嫌いになったりしないのに!!そりゃあ今回の食事は特別のつもりだったけど…そういう私の一方的な期待が寝一のプレッシャーになるなら、断ってくれても構わないから…でも、珍しく、一緒になって食事に賛成してくれたじゃないか…どうして、こうなっちゃうの…。叱って、喚き散らしたかった。でも、私の言葉は全部、喉につまって、上手く出てこなくって、その代わりに、熱い涙がこぼれてきた。ふんふんっと鼻息が荒くなって、いよいよ涙がとまらなくなるから、しゃがみこんで泣き顔を隠した。寂しかったんだ、寝一が来てくれなくって。愛されてる自信が無いわけじゃないけど、夜に1人で何時間も人ごみの中待ち人を探していれば、心細くもなるだろうがばか。

「おなまえちゃっ…、あ あー…ごめん…その、おれ…」

ベンチから立ち上がる音が聞こえる。目を泳がせて、居心地悪そうに頭を掻いている寝一の姿が、ありありと思い浮かぶ。

「本当は、5:30には、約束の場所にいたんだ」

信じてもらえないだろうけど…。と続ける寝一の声に、純粋に驚きで顔を上げた。向かいにしゃがみこんで、うつむいて、目線だけこちらに遣る寝一。あの、寝一が、集合時間より、30分もはやく…?

「約束の場所に着いて、なんか、花でもあったほうがいいかな?って思ったんだけど…花買いに行ってちゃ、待ち合わせの時間過ぎちゃうし…でも、やっぱり、なんかあったほうが、盛り上がるだろうって思って…近くの店で何か無いか見てみたんだけど…気に入るのなくて…そもそもおれ、スーツのままで…着替えてこりゃあよかったって思った頃にはもう6時ちかくて…そしたら、歩いてくるおなまえちゃん見つけて…なんか、いつもよりちょっとおしゃれしてるの、分かって…なんか、情けなくなって、時間も無くて、どうすればいいかわからなくなって…なにから考えればいいのかわからなくなって、そしたら、全部…めんどうくさく、なっちゃって…。帰ろうと思って…あの、本当に帰っちゃったんだけど…家にいても、なんか落ち着かなくて…電話が鳴っても、でれなくて…そしたらなんか兄貴からしつこく電話あって…おなまえちゃん、待ってるんだって、気が付いて、家でたのいいけど…3時間も待たせて、しかも結局着替えてないし、花も何も用意できてないし…どうしようって思って…それで…いま、ここで…どうしようって思ってて…」
「寝一…」
「…1年記念なのに、って…」

枯れちゃった花みたいに、うつむこうとする寝一の、つんと突き出た唇をつまんで、引っ張って、上を向かせる。なんだ、もう…そんな風に思っててくれたのかばか。なれない事なんてしなくっていいのに…。内心、悪態をつきながらも、想われてる喜びに顔がほころぶ。涙が通った跡がひりひり痛かったけど、いつもより特別強めに引っ張る寝一の唇のと痛み分けだ。

「記念日、ちょっとくらい遅刻したって怒らないよ。1年くらい遅刻したっていいよ」
「それじゃあ2年目になっちゃうよ」

上唇を摘まれたままへらへら笑う寝一を、しゃがんだままで突き飛ばせば見事にしりもちをついて、それを見て笑った。なさけなく私の名前を呼ぶ寝一。立ち上がって、お尻についた砂を払ってから、自分から手を繋ごうと、寝一が私の手に、その手を滑り込ませてきたいつも通りの特別


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