(―――…ハァッ、ハッ、…ハッ、……ハァッ)

あーあ、やっぱさすがにナマってんなぁー……。
ま、一日の運動量が中・高と全然違うワケだし仕方ねぇか……。


ブン太さんの職場を目指し学校を出てきた俺は、変わらずのスピードを維持したまま今度は自宅へと向かっていた。



思いもよらずに対面することとなった、ブン太さんの職場の店長さんから言われた言葉を自分の脳内で何度も何度もリピートし続けながら…―――。



























「―――あのっ!、お仕事中に失礼しますが、丸井ブン太さんは居ますか?」


緊張感の蓄積でぶっ倒れそうになりながら、俺はブン太さんの働く職場へと足を踏み入れる。

甘い匂いの漂うその場所で何故だか無性に居たたまれなくなるあたり、自分が如何に甘いものとほぼ無縁に生きてきたかが垣間見えた。


勇気を振り絞りショーケースに商品を補充していた人物へ声を掛けてみるが、その人が顔を上げてビックリ。

―――…なんと、風貌はどう見ても日本人ではなくつまり俺の苦手な言語を使用する外人だった。










「ブン太クンですか?彼なら午前中には自宅へ帰りましたよ?」

「えっ!帰ったんスか!?」

「はい。ワタシが出した課題も無事にクリア出来て、5日ぶりの帰宅になりますね」

「そ、そうですか…。わかりました。お邪魔してスンマセ…――」


見た目がそれなのにスラスラと日本語を話す従業員に、俺は勝手極まりない安堵感を抱く。





……なんだろう。

ジャッカルさんも見た目あれだけど日本語喋ってくれるし、ブン太さんの近くにいる外人は俺に優しく出来てんのか?


端から見ればそんなことどうでもいいのかもしれないけれど、俺としては大助かりである。










「あの、もしかして、……キミは“赤也”ですか?」

「へっ!?、……え、やっ、……そう、ですけど……」

「やはりそうでしたか。同居人がいると、ブン太クンが話してくれていたので。ワタシ、ここで店長しているブライアンと言います」

「えぇっ!?店長さんだったスか!?お、俺っ、えと、ホント急に来たりして―――…っ!?」

「ブン太クンが言っていた通りですね!モシャモシャっ!……ん?ワシャワシャ?……だったか?」

「……あ、多分モジャモジャですね。それ」



……ブン太さん。
アンタ店長に何言ってんだよっ!


それに俺のこと話してくれてんのは嬉しいけど同居人、って。
……いやまぁ、本当にそうなのは事実なんだけど。
仕方ないってのも分かってるんだけど。


職場の人に男の恋人がいるだなんて言えるワケないし……。

(……でもなんつーか、……ね、)





俺は若干気落ちし、けど早くブン太さんに会いたくて、
モジャモジャっ、と何故か喜びながら俺の頭を撫でまくっている店長さんに一礼した後はそのまま自宅へと向かおうとした。

だけど去り際に呼び止められて、
振り返ると、そこに居たのは今まで穏やかに笑っていた店長さんではなく、……真剣な表情をした一人の大人だった。










「―――赤也クン、」

「?、……なんですか?」

「キミは今、幸せですか?」

「え……?」

「ブン太クンは、今の自分は幸せなのだと、……そう、言っていましたよ」

「――…!、……幸せ?……ブン太さんが?」


どうして彼は、そう思えているんでしょうかね?

最後のその質問だけ、先と同様に穏やかな笑顔を浮かべて俺へと投げる。


……まるで、その質問の答えを俺が知っているみたいに。

その人はどこまでも、至極穏やかに笑ったのだ。





―――…そして現在の俺は職場を後にし、
その質問の答えを考え、探し、自宅へと全力疾走している。











……ブン太さんが、今を幸せだと思える理由。

それは日々の生活が充実しているからで。
普通に考えるとその考えに思い至って。


でももし、もしその理由の中に、少しでも、少しでも…―――。















「ただいまっス!」


玄関のドアを勢いよく開け放ち、バタバタと慌ただしく室内へと入り込む。

少しばかり大き過ぎではないかと思えるほどの声量で、俺は自分の帰宅を伝えるサインを叫んだ。










「―――…おっ、おか!、…おかえり……」


玄関から真っ直ぐと伸びる小さな廊下。

その途中にある部屋の扉ではなく、真っ直ぐ進む先に見える扉が少しだけ開く。


俺の声に釣られるようにして取られた動作の後、……戸惑ったように言い淀んだ、小さな返事が返ってきた。












「ブン太さんっ!」


開かれた扉の隙間から覗く小さな顔は赤髪のその人のもので、無視されたって可笑しくない状況である筈なのにそれをしないでくれたことが堪らなく嬉しい。

歓喜を露わに名前を呼び、ブン太さんの元へ駆け寄ろうとする俺。


……だけどそれに待ったをかけたのは、二人以外に居ないこの場で俺ではない人間、つまりブン太さんだった。










「ちょっ……!待っ、待て来んな!そこから動くなっ!」

「へ……?」

「い、いいか……?絶対にこっちくんなよ?」


相変わらず扉から頭を少し出しただけの状態で、
ブン太さんはまるで俺を威嚇するかのようにそう牽制した。

ちゃんと出迎えてはくれたけど、やっぱりまだ怒っているんだろうか。
まぁ当たり前と言えば当たり前なので納得も出来るが、それにしては何だか様子が可笑しい……。










「ブン太さん?」

「赤也。……あの、あのなっ、!……おか、おかえり……」

「え?……あ、はい。ただいまっス、」


何でまた?
いや嬉しいけどさ。

本当にそう思ってくれたんだな、って嬉しいんだけどさ。


でも素直に喜びだけを抱けない。
だって変だ。いつものブン太さんじゃない。


なんでこんな、挙動不審みたいな態度を俺に……?










「めっ、飯出来てる!あと風呂もっ!……もう、沸かしてる……。―――…どっ、どっち先にする……っ!?」

「あ、そうなんスか?ありがとうございます。でも俺、先にブン太さんに…―――」

「そっ、それ!、それっ、……それとっ、!」


“謝りたくて”

そう紡ごうとした言葉はブン太さんに遮られ、しかもブン太さん自身はなかなか要領を得られない言葉ばかりを吐き出す。


よく見れば何だか顔が赤い気もするし、もしかしたら具合が悪いのかもしれない。

風邪は引き始めが大事なんだって誰かが言ってたし、早く休ませてあげないと。










「大丈夫ですか?何だか顔赤いですし、熱あるのかも。早く休みましょ」

「ば……っ!?ば、ばばば馬鹿っ!こっち来んなって言って…―――!」

「よく分かんないけど、ンなこと言ってる場合じゃないっスよ。具合悪いんでしょ?」

「〜〜…っ、ち、違っ!――…ぅ、〜〜あぁもうっ!まだ言えてねぇのに……!」

「……?」


一歩一歩、確実に近づいていく俺。

ブン太さんは一人でワーワーと騒いでいるし、顔色はますます赤見を帯びてきているし、
それに加え、何故かかいている汗も頬を伝うほどだった。










「ちょ、何か本当にヤバくないっスか?早くベッドに…―――」

「〜〜そ、それともっ!それ、……っとも、」

「ん?それとも?」

「おっ、おっ、……お、!」

「……あの、ブン太さん?」

「お、…れっ、……俺っ、に!」


息も荒く、顔も真っ赤で、
瞳も潤み、しかも俺を見つめていて。

……不謹慎にも、ちょっと情事の時のブン太さんに似ている気がして一瞬動きが鈍る。


けれどすぐさまハッと正気に戻り、俺が扉の間からブン太さんを引きずり出すのとブン太さんが“それ”を吐き出せたのはほぼ同時だった。










「〜〜そ、れとも先にっ、…俺にする、か……っ!」

「!?」


ぎゅうぅぅっと力強く目を閉じつつ、叫ぶように言われた言葉。

その様子と言葉の意味もさることながら、
ブン太さんが着ていた“ソレ”にも驚かされた。



数日前と同じで、ブン太さんが着ているのは真っ白なフリフリエプロン。

だけどその時と決定的に違うのは、……そのエプロンが、どう見ても素肌のすぐ上から着用されているということ。





所謂アレである。
男の夢、願望の結晶。

―――…裸エプロン姿のブン太さんが、俺の目の前には確かに立っていた。



……そして、

























「―――…ブン太さんを先に、」


謝罪しようとしていたことなんて瞬時に頭から吹き飛んでしまったし。



本能的とでも言うのか、

そう呟くと共に俺がブン太さんを押し倒し組み敷いたのは、0,(れいコンマ)数秒の世界の出来事であった。

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