翌日の朝、目覚めたすぐ後にブン太さんの姿を探したけれど部屋は蛻(もぬけ)の殻。

既に職場へと出掛けた跡だった。


しかも、ブン太さんはあれから家に帰って来ていない。



これは果たして、

仕事が忙しくて帰って来られないのか。
または俺と会いたくないから故意に帰って来ないのか。










「―――…なぁ、どー思う?お前」

「後者じゃないのか?」

「即答すんなっ!」


無表情で、さらりと答える日吉に文句をつける。

お前はブン太さんのことよく知らないからそう思うんだ。


新作菓子の製作に集中し出したブン太さんが家に帰って来られない日。

それが一週間過ぎちまうのなんかざらにあるんだぞっ!










「じゃあ忙しいんじゃないのか?」

「“じゃあ”ってなんだよ!“じゃあ”って!」

「……お前、さっきから文句ばかりだな。……まったく、一体なんて言えば満足するんだ?」


溜め息混じりに言葉を吐き出し俺を一瞥。

それが馬鹿にされているみたいでますますムカつく。


つーかそもそも、お前に恋の悩みなんてするべきじゃなかったよな。

人選ミスだ、人選ミスっ!











「ホンマうっさいわー…。大体自分ら何してはるん?朝からケンカなんて止めぇや。……安眠妨害やで」

「ケンカじゃない。コイツが一人で勝手に怒ってるだけだ」

「なんだと日吉っ!―――…って、つーか今は昼だっつの!しかもお前、今まで寝てたのかよ!?さっきの講義は!?ま、まさか寝てたのか!?ハゲ崗の講義で!?」

「赤也くんうるさいっスわ。寝起きなんやからそない叫ばんでくれます?――…あぁせや、愛しの恋人に口縫ってもろうたらどうですか?」

「赤也くん言うな!気色悪ぃっ!あとうるせぇのはお前もだ……っ!」


不意に背後から声がして、反射的に振り返ると光が眠たそうに目を擦りながらこっちを見ていた。


……起きて早々に軽口叩くなんざコイツだけが出来る特技なんじゃね?

どーでもいいけど。










「……寝起きなのは切原のせいじゃないだろ、財前。お前のせいだ」

「日吉の言うとおりだな!自業自得だっての。バーカっ!」

「……赤也に馬鹿なんて言われたないわ。こないだ中学生でも間違わへん英単語のスペル間違って、畑センセにごっつ怒鳴られてたやろ。自分」

「おまっ、なんで知ってんだよ!?あん時、廊下には誰もいなかっ…―――」

「あ、ホンマに間違ってたんか?大学生なっても未だにミスるやなんて、お前もう本格的にダメやな」

「カマかけてんじゃねー!テメェのピアス引きちぎんぞ!」


グサグサと人の弱点を衝き、しかもそれだけじゃなくグリグリと抉りもする。

なのに本人は全く気にせず悪びれもしない。


……誰かコイツに、人の心ってもんを教えてやった方がいいんじゃねぇの?










「ほな、引きちぎられたら丸井さんに泣きつこ」

「なっ!?」

「あの人、年下やとホンマ優しくしてくれるしな。お前にはそうでもないみたいやけど」

「切原が怒らせることばかりやってるからだろ。丸井さんは俺にだってかなり優しくしてくれるしな」

「せやな」

「……………」


……このキノコとピアス、やっぱり早々に息の根を止めた方がいいな。

もちろん俺のために。



つーか何!?自慢かよ!
なぁーんでお前らがブン太さんに可愛がってもらってんだ!?

俺のポジション返せっ!










「お前ら覚悟しとけよな。嫉妬に狂った俺は恐いぜ?……まず、お前らの恋人に告げ口してやる」

「お前じゃあるまいし、告げ口されて困ることなんか俺にはないで?」

「同じく」

「チッチッチッ。それがあんだよなぁ〜、とっておきなのが」

「「……?」」


俺の言葉の意味が分からず、首を捻るだけのそいつら。

それもそうだろう。
ぶっちゃけ二人共の身辺を荒ってみても恋人に知られてマズいような何かは出て来なかった。

だがしかし。
ないなら作ればいいだけだっての!










「これ見て」


そう言って俺は、パソコンのDVDドライブにROMを入れた。

しばらく経った後、無事に読み込まれたデータが自動再生を始める。





《……ん?なんやコレ。……お、プリンや。めっちゃウマそうやけど、人のもん勝手に食うのは…―――。けどまぁ、2つあるしな。一個くらいええやろ》

―――……プチ、










「…………なんや今の、」

「お前の弱み映像。ちなみに分かると思うけど忍足謙也さん宅での撮影です」

「俺、あんなことした覚えないで」

「だって勝手に造ったし」

「は、?」

「先輩に頼んでお前になってもらってさ、忍足さん家に…―――」

「犯罪やろ!なに勝手に人ん家入ってんねんっ!」

「ちゃんと家主に誘われてお邪魔したから大丈夫。ほら、見た目はお前だから普通に遊び行けるしさ」

「……そういや謙也さん、こないだプリン無くなったんやって言うてたけど。犯人お前かっ!あれ高かった言うてめっちゃ嘆いて―――」

「これ見せられたくなかったらブン太さんに泣きつくなよ。あ、ちなみに日吉のも造ったから。ちゃんと」

「っ!?、……なにしてんだお前!」

「いや、暇だったからお前らの弱み探してたんだけどなかったからさ。何かしたくて造ってみた」

「もっと他にすることあるやろ………」

「まったくだな」


何だろうね、ホント。

ある人達と長く付き合ってきたせいなのか、暇だとこういうこと(人の弱み探したり造ったり)しちまうんだよな、俺。


さすがに自分でも毒され過ぎだなと思うが、最終的に自分の得に繋がったりするので今の所この癖は放置している。










「―――でさ、一体どうしたらいいと思う?」

「あないなことしといて切り替え早過ぎるやろ……。つーか泣きつかへんからソレ渡せ」

「勝手に持ってけ。見せたら満足したし。日吉、お前のも見せたら渡してやるな。個人的にはお前の方が超力作」

「……そうかよ、それは良かったな。……ハァ」


ジト目で見てくる光と脱力気味の日吉。

こうして精神的な報復も無事に出来たことだし、さっさと本題に入るか。


(変わり身の早さはブン太さん級だから任しといてっ!)




















「―――…まぁ、明らかにお前が悪いんやから素直に謝ればええやんか」

「だな。嫌われたくなかったらそうするのが一番だろ」

「そりゃあ分かってるけどブン太さんが帰って来てくんねぇと無理じゃん?仕事場行くのは迷惑掛かるし……」


光にも改めて話し、三人で解決策を模索する。

何だかんだ言って良い奴らだからな、二人共。


分かってるくせに困らせたりすんのはまぁ、……友情の裏返しってやつだ。










「そもそもお前、丸井さんに何させようとしてねん」

「えー…。だって男の夢じゃん。一回でいいから言ってもらいたいし、一回でいいからやってもらいたい。……ま、片や積極的な恋人、片や素直な恋人をお持ちのお前らには分かんねぇのかもなっ!」

「向日さんは別に積極的ってワケじゃ…―――と言うか、もし丸井さんがお前の言うことを何でも聞いてくれるような人だったら、正直すごく完璧過ぎて怖くないか?」

「怖い……?」

「あー…、せやな。料理も掃除も洗濯も出来てオマケにあの容姿。大体ケンカした日やって完璧やろ。せっかく早う帰って来れた言うのにお前の為に休まんと飯作ってくれて、お前が食うてる間はお前がすぐ湯に浸かれるように……ってお湯沸かしてくれはって。―――ホンマ、フリーやったら誰もほっとかんっちゅー話や」

「性格に難点があったとしてもそれを補って余りあるハイスペックだな、丸井さんの場合。むしろお前には勿体ない。あと別に、丸井さんは性格悪くない」

「……ンなことは俺が一番よく知ってるし、」


………ずっと前から、
よく分かっていたことだ。

よく知っていた筈のことだ。



けどブン太さんのそういうのにも慣れてきて。
それが当たり前になっていって。

俺はいつの間にか…―――。















「俺の影武者たのむっ!今すぐ謝ってくるわ……!」


すぐさま荷物を纏め、勢いよく席を立った俺。

二人にそう声を掛けてから、一目散に扉を目指した。


思い立ったら吉日っ!
早い方が良いに決まってる。










「―――赤也っ」

「んぁ?」

「相談乗ったったんやから貸し一つやで」

「同じく」

「!、……ハッ、お前らがめつ!――ったく、けど仕方ねぇから奢ってやる。ゴストーゾのフェイジョアーダ、パウミット入りコロッケでどうよ」

「メルローもつけてな」

「俺は普通にカクテルでいい」

「うっわ、お前らウゼェ!ちょっとは遠慮しろぃ……っ!」

「「ま、頑張れ」」


棒読みな言葉で送り出すそいつらに背を向けて、俺は改めて走り出す。

―――…立ち止まらずに。
全力疾走で。



いきなり職場まで会いに行くなんてきっとブン太さんは迷惑だろうけれど、
そのことは後でたくさん怒られようと思う。

とにかく今は一刻も早くブン太さんに会って、
そして俺のありったけの想いを込めて謝りたかった。


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