(――…ん〜。相変わらずウマい)
結局、最終的には最初に勉強した製菓技術の腕を生かせるパティシエになったブン太さんだけれど。
調理師の資格も持ちその技術もしっかりと習得した今、通常の料理の腕も本当に凄まじい。
申し分なさすぎて俺の舌のレベルが上がりまくっている。
そんじょそこらの素人が作ったものじゃ満足出来ないという、何とも贅沢な人間に成り上がってしまった。
あ、けどカップラーメンとかハンバーガーとかのジャンクフードは普通に食べる。
味はともかく作んの楽だし、ジャンクフードってたまにすっげぇ無性に食いたくなんだよね。
と、こんな贅沢な悩み……かどうかも分かりかねるものを考え込みながら夕飯にありついていた俺。
幸せを噛みしめつつ最愛の人の手料理を堪能していたその時、突如として大きな物音が発生。
―――しかもどうやら、それは恋人がいる風呂場の方から聞こえてきて……。
「ブン太さん!?」
「……あ、赤也」
「!?、……ど、どーしたんスか?そんなびしょ濡れになって……」
「はは、すっ転んだー…」
「えぇ!?」
浴室の床に尻餅をつき、全身びしょ濡れ状態で座り込んでいたブン太さんが、照れくさいのを隠すようにへにゃりと笑う。
シャンプー等の用品やら椅子やらを辺りに散らかして、
浴槽の中には湯船の蓋が落ち込み水上には取っ手付きの桶がプカプカと浮いていた。
一体何が……。
「なんでここまで盛大に転んだんスか?つーか怪我は?してない?」
「ん、してない。あと転んだのは黙秘」
「な、なんで黙秘っ!?」
「……お前、絶対に笑うから……」
ひどっ!
俺、ブン太さんの失態を笑うなんてしないし!
真田さんとか仁王さんの失態は笑うけどさ。
「俺、笑わないっスよ?本当っス。……で?何で転んだの?」
「……………」
「ブン太さん、」
「〜〜っ、………お、お前が帰ってくる前、テレビで映画の告知見て……」
「……?」
「……それがホラー映画で、しかも浴室で、“アレ”が出るシーンが画面いっぱいにでかでかと…―――っ!」
つい思い出しちまって、さっさと出ようとしたら慌ててたせいで自分の足がもつれてすっ転んだんだよっ!
そう叫ぶブン太さんの表情は羞恥と恐怖とが入り混じったもので、それほど怖かったのかと少し不憫にも思う。
昔からお化けとか幽霊とかてんでダメだもんな、この人。
……なるほど、これは転ばないようにといろんなものを掴んだ結果なんですね。
まぁその頑張りは無駄に終わってしまったみたいだけど。
「うへぇー…。濡れた服が引っ付いて気持ち悪ぃ……」
「蓋が落ちたせいでお湯かかっちゃったんですか?」
「おう。すっげぇ飛んできたぜぃ」
「なんで誇らしげ…―――」
「どうせ上は着替える気だったけどこれじゃあ全部だな。俺、ちょっと着替え……ん?どーした?」
ブン太さんの真ん丸な瞳が俺を見つめている。
だけど俺の瞳は、ブン太さんの瞳を見つめ返すことなくソレに釘付け。
水気を吸収しペタリと肌に貼りつく布。
ちょっと前まで着ていたエプロンと同じ白色で無地のTシャツは、ブン太さんの胸元のそれらを俺に透かし見せていた。
「……………」
「赤…――、っ!?……ちょ、何だよいきなり!」
「……ブン太さんエロい、」
「あ?」
「濡れたから乳首透けてる」
「!、…〜〜ッ、……お、お前っ、何考えてんだよっ!」
「だって最近シてなかったし、」
ブン太さんは社会人一年目で。
学生時代には習わなかった新しい技術を自分のものにしようと一生懸命だし、
忙しくて疲れているんだから“そういうこと”は控えた方がいいんだろうと俺なりに我慢もしていた。
……でも何つーか、そろそろ身体的にも精神的にも限界が近づきつつあって。
そんな状態なのにこんな展開が転がり込んできたら、俺じゃなくたって歯止めが効かなくなるってもんでしょ?
「―――ッ、!?……っぁ、待っ、……ンンっ!……おいこら!」
「相変わらず感度良いっスね、ブン太さん。ちょっと舐めただけなのにもうコリコリしてる」
「ひゃ、!ぁっ、…んんっ、〜〜ふ、ッや……!馬…っ鹿、…あぁっ!そ、…っな、吸、…うな……っ!」
舌先で転がし刺激を与え、ブン太さんの嬌声に煽られるように突起へ吸いつく。
これがいつもなら、ブン太さんの味……とでも言うのか若干良い感じのものが味覚を刺激してくるんだけど、今回は布越しのせいかシャツの味らしきものが伝わってきた。
「やっぱ布越しじゃもの足んないね。ちょうど濡れてるし俺が脱がしてあげるっス」
「っ!?…〜〜ぃ、いいっ!いいから!」
「え、着たままがいいんスか?」
「違う……っ!つーかダメだから!ヤらねぇからな!?」
「はいはいはいはい」
「はいはいじゃねーよっ!分かってないだろお前!―――って、言ってる側から脱がそうとしてんなっ!」
「ブン太さんも溜まってるっしょ?」
「た、溜まってねぇし!そもそもお前に関係ないしっ!」
やーめーろーーっ!
と叫びながら手足をばたつかせ暴れまくるブン太さん。
ブン太さんは照れ屋だし、ツンデレだし、大人しく素直に情事を受け入れてくれたことなんて片手で数えるほどしかない。
まぁだけど中盤に入る頃には完全にその気になってるのが常で、つまり嫌々をするのがブン太さんのいつも通りである。
だから俺は何にも気にせず、思うままに組み敷しいて目一杯想いを刻み込めばいい。
それが俺達のいつも通りなんだから。
「……ブン太さん、」
「―――ッ、……ゃ、……っめ、!…〜〜やめろって言ってんだろぃ……っ!」
「!?、〜〜ぐ、……ってぇー…」
………けど、今回は違った。
ブン太さんのデフォルトである嫌々は、はっきりとした拒絶となって俺の身体をおもいっきり突き飛ばす。
この人だって男で、ブチ切れ状態でない俺なら死ぬ気で力を込めれば突き飛ばすくらい出来る。
だからつまり、それほど嫌だったと言うことで……。
「……あ。……いや、その、……何つーか、……悪ぃ、」
「……………」
……何だよ。
そんな顔されたら、ますますヘコむじゃんか。
本当に嫌だったんだ、って理解しちまうじゃんか。
「……一回くらいいーじゃん、……ケチ、」
「!、……あ、えと、俺は別に――」
「俺だって馬鹿じゃないんだからアンタの仕事に響くような抱き方はしないようにするつもりだったしっ!たまに早く帰ってきた時くらいヤらせてくれたっていいでしょ!?」
「あ、赤也、……俺、」
「台詞も言ってくんねぇしっ!エプロンもちゃんと着てくんねぇしっ!それに…―――」
拒絶されたのがショックで逆ギレするなんて、二十歳超えた男のすることじゃない。
分かってるけど、どうしても抑えられなかった。
終いには全く関係のない、ブン太さんのせいじゃないことまでブン太さんのせいにして……。
「……俺、今日はもう寝るっス」
「え、?…ちょ、お前飯は!?風呂も―――」
「飯はいらないし、風呂は明日の朝入るからいい」
「待っ―――、赤也……っ!」
その場にブン太さんを置き去りにした俺は、足早に自室へと向かう。
掛けたことのなかった鍵まで掛けて、その身を投げたのはベッドの上。
むしゃくしゃとした心情を忘れ去る為に、無理矢理にでも寝てしまおうと瞳を閉じたのだった………。
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