「  」の絵空事。




「―――愛が欲しい、」

「……は?」


講義と講義の間。
つまりちょっとした休憩時間。

ポツリとそう呟けば、隣に座っていた日吉が怪訝な表情を俺に向ける。


と言うか、コイツが俺に対して良い感じの表情を向けた事なんて一度もないし、そもそも無愛想であるコイツは元がこんな感じの面構えなので俺だけじゃなく大半の奴らが…―――。

って、日吉の顔のことなんてどうだっていいじゃん俺のアホっ!










「おい。人の顔見て固まるのは止めろ」

「誰もお前の顔に見惚れたなんて言ってねぇ……。気色わりぃこと抜かすな」

「……それこそ言ってないだろ、」


何なんだお前……と溜め息を吐くキノコ頭の友人に、(ある種、俺も人のことは言えない髪質ではあるが)俺は半ば強制的に数日前の出来事を聞かせ始めた。




















―――それが起こったのは、いつも通りの帰宅時間。

学校を終えて特にこれといった寄り道もせず自宅に帰り着いた俺。



今日の夕飯は何にするべきか……。

なんて思案しながら玄関の扉に鍵を差し込む。

考えたところで俺が作れる食いもんなんて数少ない……と言うかほぼ存在しないので意味はないが、ただの他愛のない脳内言語(一人言葉遊び)だから気に止める必要はなしだ。



どうせ今日もカップラーメンになる。
お湯入れるだけだからな、あれ。

健康的かと聞かれれば明らかに答えはノーだけれども、作るのが楽なので良しとしている。俺はね。

料理ですらない夕飯が決定した瞬間、その異変は片鱗を見せ始めた。










「たっだいまぁ〜」

「おう、おかえり」

「っ!?、」


玄関へと足を踏み入れ、靴を脱ぎ散らかしたまま帰宅した俺を迎えたのは、赤髪のマイエンジェルこと恋人の丸井ブン太さん。

その称号(俺が勝手に付けただけ)に相応しく、ものっスゴく可愛い笑顔で迎えてくれる。



い、癒された。
ブン太さんっ!俺、明日の講義も頑張れそうっス……!


―――…て、でも、何でこんな時間に家にいるんだ?

店長から新作の洋菓子製作の課題出されたって聞いてたから、しばらくは泊まり込みなんだろうなって思ってたのに……。


や、もちろん嬉しいけどね?
会えないと思ってた人に会えたんだし。











「ブン太さんいつ帰ってきたんスか?帰ってるなら連絡下さいよ〜」


そしたら友達との会話も無しにしてソッコーで帰ってきたのに。

そう愚痴る俺に苦笑するブン太さん。
うん。本当に可愛いな、相変わらず。

つーか“それ”のお蔭でますます…―――。










「文句もいいけどさ、まぁとりあえず飯出来てるし冷めないうちに食えよ。風呂はお前が食ってる間に沸かしとくし」

「……………」


変わらずの笑顔で、まるで新婚夫婦間で交わすような言葉を投げ掛けてくるその人。

しかも料理を終えたばかりなのか、俺が購入したフリフリエプロン着用中。


可愛い過ぎる……!
そして似合い過ぎている!



あ、そうそう。
ちなみに俺は着ないからね?これ。

あくまでもブン太さん専用のエプロンだ。


俺が着たら気色悪くて死ぬ。
誰が、ってそりゃあモチロン俺が。

死んでもそんな姿を人に見せる気は微塵もないが、もし万が一見られちまったらその時はソイツも死ぬね。
俺がこの世から抹消してやる。










「いやぁ〜。それにしても本当に似合うっスね、ブン太さん」


姉貴の誕生日プレゼントを探す為に出向いた百貨店。

そこのキッチン関連の用具が販売されていたコーナーの一角で、俺はそれに出会った。


一目見てブン太さんに似合うと判断し即買いしたブツ。
それがこの真っ白なフリフリエプロンだ。










「う、うるせぇな!買っちまったもんは使わねーと勿体ないから仕方なくだっ!〜〜い、いいからほらっ!馬鹿なことほざいてないでさっさと食えって!」


おそらく、自分がそれを着ていたことを忘れていたんだろう。

羞恥で赤くなるブン太さんも特別に可愛い。





―――が、しかしっ!










「やり直しっス!」

「はぁ!?」


ダメだよブン太さん。
いくら元が可愛くたって努力はしないと!

せっかくのブツとシチュエーションなんスから……っ!




















「―――まずっ!旦那を迎える最高の台詞が若干違う……っ!“おかえりなさい、あなた。(赤也でも可)ご飯の用意とお風呂の用意は出来てるぜぃ。先にご飯にする?お風呂にする?……あ。それとも俺?”でしょ、ここは!」

「……………」

「そして次っ!そのエプロン姿は可愛いっスけど正解じゃない!」


そう、正解じゃあないんです。
正解は、正解は……っ!










「ちゃんと服を脱いでから着用すんのが…―――ゴフッ!」


「いい加減にしろ。ぶっ殺すぞテメェ…」

「………はい、」


きっと、思いもよらずブン太さんと会えたもんだからテンション壊れたんだな。俺。

まぁ本音過ぎる願望だけど。
だって普通、同棲なんてしちゃったら夢見ちゃうじゃん?










―――…同棲生活の始まりは、ブン太さんが専門学二年の春。

そして俺が大学三年の時だった。




ちなみに、俺が三年なのにブン太さんが二年って言うのにはちゃんとした理由がある。


高校卒業後、ブン太さんは某有名な調理製菓専門学校に進学。

製菓系学科の製菓技術課に二年間通っていたんだけれど、
学校内で知り合った友達が調理師系学科の生徒で度々その講義内容を聞かされていたらしい。

ブン太さんはいつしかその内容も学んでみたいと思うようになり、製菓技術課を卒業した後に同じ学校の調理師科へ再度入学。


つまりその調理師科二年の時に、(大学基準で言うなら四年生)そして俺は大学三年の時にブン太さんの自宅に転がり込んだのだった。








そしてどういう経緯でそうなったのかと言えば、
大学の寮に住んでいた俺がそこを追い出され住むとこを探していたから。

本当なら二年に上がった時点で既に追い出されていた筈だったんだけど、幸いその年の寮住みを申請する学生が少なくそのまま居ても良いということに。


でも三年時にはさすがに出て行けってことになって、でも実家から通うのは遠いしかと言って一人で部屋を借りる金はないし……と困り果てていたその時、

優しい優しいマイエンジェルのブン太さんが、“じゃあ家来れば?”と声を掛けてくれたのだ。





高校の時、バイト代が入ればすぐさまゲームを買うのにつぎ込み、お年玉が入ればゲームやら服やら遊び代やらに使っていた俺とは違い、
見た目に似合わず(別に貶してるワケじゃない)しっかりとしていたブン太さんは、お菓子を馬鹿買いしていた中学の頃とは違って自分の将来の為にバイト代やお年玉を貯金に回していたらしい。



故に、すっげぇ高級マンションと言うワケではないけれど、そこそこ良いマンションを借りれてしまうような資金は軽くお持ちになっていた。


専門学校に通いながら、極端に勤務時間を減らすなんてことはしないままバイトも続けていたし、
……なんつーか、人として本当に尊敬する。



最初の二年分は奨学金で通ったけど、余分に通った二年分の学費は親に出して貰ったからそんなでもない。

なんて本人はいつも謙遜していたが、就職した今その学費も返し終えているし結果的に見てもの凄く立派な生き方をしているように思う。


世界にはもっともっと立派に生き抜いている人間がたくさんいるんだろうけれど、自分の身近で上げるのならブン太さんは確実にそういう人だ。



そんな人と中学時代から恋人として付き合っている俺はかなり、……いや、とてつもなく幸せな人間であった。

調子に乗るべき立場なんかじゃないくせに、慣れとは恐ろしいもので俺はいつ頃からかブン太さんに対する感謝の気持ちが薄れていたらしい。


―――…それが、ある出来事の元凶だった。


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