やはりと言うべきか、スピカの(仮)入団を1番喜んだのはリナリーだった。
歳が近い同性の友人がほとんどいないに等しかった彼女にとって、これは喜ばずにいられる事ではない。

「おはようスピカ」

「リナリー、おはよう」

「朝食はまだ?良ければ一緒に食べない?」

「もちろん」

また、スピカが教団で暮らし始めて一ヶ月が経った今ではすっかり名前と顔が知れ渡っており、このようにリナリーと二人で教団内を歩いていると数多の視線を集める。
噂ではすでに探索部隊の間ではスピカの親衛隊があるとかないとか。(リナリーに対してはコムイがいるせいでそういった類いを作れない)

「おはよう、ジェリーさん」

「あらん、二人ともおはよう!今日は何にする?」

「んー……サラダとフレンチトーストかしら」

「私もそれが良いわ」

リナリーの選択にスピカも賛同する。
それにジェリーは頷いて嵐の調理場へ姿を消した。

「知らない料理が沢山あるから毎日のご飯が楽しみなの」

「知らない料理?」

「ええ。昨日食べた『おむらいす』もそうだけど、例えば…この『そば』も見たことも聞いたこともないわ」

スピカはメニュー表を指差して言う。
それを主食とする人物を頭に浮かべながらリナリーは笑った。

「それは神田が帰って来た時に一緒に食べたらいいと思うな」

「ユウと?」

神田は三週間前、つまり落とし物騒動の翌週から任務で教団にいない。
彼がいた間もスピカはリナリーと行動を共にしている事が多いため神田とはまだ食事をしていなかった。
そのため蕎麦から神田へ繋がる理由がわからず疑問符を浮かべた。

「はぁい、お待ちどーん!」

「ありがとうジェリーさん」

ジェリーからトレイに乗った朝食を受け取ると食堂の空いてる席へ二人で向かった。

「そういえば兄さんがこの間の種を調べた結果が出たって言ってたわ」

「それじゃあ後でコムイさんの所に行かなきゃね」

「そうね。あと今日、神田が帰って来るって」

「まぁ、本当に?久しぶりに会えるのね!」

嬉しそうに声を弾ますスピカにリナリーもニコっと笑った。
彼女もコムイ同様、神田が少なからずスピカに好意を持っている事は知っている。
それが恋とか愛とか、そういったものかは定かではないにしろ神田が他人に敵意や嫌悪感以外の感情を持つのは希少だ。
そうなると、あの不器用な幼なじみと天使の仲を取り持ちたいと思うのはリナリーにとって自然な事だった。

「これからも神田と仲良くしてあげてね」

「リナリーったら、どうしたの?」

「ふふ、何でもないわ」

不思議そうにするスピカにリナリーは首を振った。


□□□


朝食を食べ終わると二人は科学班にやってきた。
リナリーはお茶の準備をするためにすぐに給湯室へと行ってしまったが。

「お、来たな。こっちだ」

「今日は随分と沢山人がいるのね?」

「結果が気になってるんだ。なんせ対象が珍重だしな」

リーバーの言う通り班員たちは落ち着きがなかった。
そこに、お待たせ〜、と陽気な声と共にやってきたのはコムイ。

「取りあえず先にこれはスピカちゃんに返すね」

「えぇ、ありがとう」

「それじゃあ早速だけど、ヘブ君に見てもらった結果その種はイノセンスと同じ周波を出してるらしい。成分や構造はどうなってるかわからないけどね」

「じゃあスピカたちが行って来た森にアクマがいたのはそれをイノセンスと勘違いしたからって事っスか?」

「恐らくね。それからスピカちゃんの銃弾がアクマに効いた事、これは憶測に過ぎないけれど君の銃はこの種と同じ、つまりイノセンスに似た物質で出来ていているんじゃないかな?違うかい?」

「そうねぇ…上の世界の物は全て天使が適当に作っているだけだから物質なんて調べた事もないし、それはわからないわ」

「「「(適当…)」」」

自分たちが血眼になって探しているイノセンス、その類似品を適当に作っているというのはなかなかショックが大きい。
そんな事を知る由もなく、スピカは口を開いた。

「アクマに効いた理由だけれど、私たちが使用する物は悪しきものにとって毒な場合が多いの。アクマが殺人兵器という『悪』にカテゴリされるなら有効でもおかしくはないわね」

「ふーん、成る程ね?因みに有効じゃない場合はどんな時なんだい?」

「対象が人間の時よ。私たちは所謂悪魔や化け物しか相手にしないの。相手がどんな悪人でも人間には私は傷ひとつつけれないわ」

一見、電波さんと会話しているような内容だが、もう気にする者はいない。
慣れとは実に恐ろしいもので目の前の天使もただの人間に思えている。

「…まぁ、何にせよスピカちゃんが力を貸してたおかげで僕らも婦長も大助かりさ」

ありがとうと言うコムイに続き科学班の面々は心から感謝した。(涙している者もいる)
というのもスピカが来てからの科学班の回りはとても早い。
スピカの頭脳は、相当の頭の持ち主が集う科学班も舌を巻くほどのもので、行き詰まっていた研究や論文も彼女の莫大な知識によって次々と解決している。

「当たり前の事をしてるだけだわ。住居にご飯まで頂いてるんだもの」

一人増えた所で教団にかかる負担などないに等しい。
むしろエクソシストとしての仕事に、科学班への知識や医務室での治癒能力の提供などスピカが教団へ捧げている物の方が遥かに多いのだ。

「「「(スピカちゃんマジ天使!)」」」

故にそう思ってしまうのは仕方ない。

「ん?」

リーバーたちが感動している中、コムイの通信機に連絡が入った。

「神田くんのご帰宅だ。」

「あら、それじゃあ、おかえりなさいって言いに行かないと」

「うん、行ってらっしゃい」

ぱん、と手を合わせて言うスピカにコムイは頷いた。
どこか嬉しそうな後ろ姿を見送った班員たちは様々な感想を述べるのだった。

「やっぱり可愛いよなぁ……」

「神田……羨ましいぜ」

「俺もどっか行って帰ってきたら出迎えてもらえんのかな?」

事実、スピカは時間さえあればエクソシストだけでなく、探索隊や他の支部へ出張に出向いていた職員の出迎えをしている。
一言、『おかえりなさい』と言われたい、スピカの顔を見たいという理由でどんな窮地であってもホームに帰ろうと思う者も少なくはない。

「(スピカちゃんにとっては些細な事なんだろうけど、それに助けられてる人はあまりに多い。)」

一人感心しながらスピカと入れ違いでリナリーが持ってきたコーヒーを啜った。






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