「「「…は……?」」」 やっと口にできた言葉はそんな気の抜けたものだった。 それも仕方ない、目の前にいる彼女は自分の事を"天使"と称したのだから。 「神田くん、君ホントは空から落ちてきた時、地面に落としたんでしょ?」 「落としてねぇよ。落としてたらあいつ死んでんだろ」 「しっかし天使だぞ?頭打ったか何かとしか思えん」 小声で会話をする三人に疑問符を頭に浮かべるスピカ。 そして中々話を終えない彼らに声をかけた。 「あの?」 「あー、えーとねぇ……悪いけど、僕らは今までに天使というのは見たことがないんだ。だから君が天使とは信じられない、かな」 「そ、う……」 なるべく傷つけないように、何とも申し訳なさげに告げられたコムイの言葉にスピカは眉を下げて困り顔をする。 その姿にうっすらと罪悪感を覚えるのはやはりスピカを容姿や雰囲気で見たことはないにせよ天使に見えてしまっているからであろう。 「どうしたら信じてもらえるかしら?」 「そうだな…何か証拠でもありゃなぁ?」 「証拠…?じゃあ、あなた達の思う天使像を教えて?それをお見せするわ」 こうも存在否定をされてしまってはスピカも何としてでも認めさせたい。 少々必死な姿を見てまで疑う必要はないが、折角その自称天使が証拠を見せてくれると言うのだから、科学者としての隠しきれない興味から各々が持つ天使像を頭に思い浮かべた。 「翼はあるのか?」 「ええ」 リーバーの言葉に頷き、ばさりと音をたてて背中に翼を出す。真っ白な、まるで黒を厭うような美しい翼だ。 イノセンスで日頃から奇怪現象など見慣れているはずにも関わらず、それには神田すら息を飲んだ。 「魔法、とかは使えるのかい?」 「もちろん」 指を振るとコムイの机の上に置かれていた蝋燭に火が灯った。 有り得ない現象の数々に信じる信じないを他にコムイとリーバーは顔こそ平然を装っているが内心は新しい玩具を差し出された子供よりも興奮していた。 「じゃあ…!「ただいま、兄さん」」 次の要望を口にしようとした時、艶やかな黒髪をツインテールにした美少女が部屋へと入ってきた。 任務から帰ってきたばかりの彼女は早く報告をしようと兄のいる司令室へとやって来た訳だ。 「?……兄さん、彼女は?」 「こんにちは。私はスピカ・オーベルジュール」 「え、あ、リナリー・リーです。初めまして」 微笑みながら自己紹介をするスピカにリナリーは慌てて返す。 その頬はうっすら赤みを帯びていた。 「(綺麗な人…)」 同性であってもその微笑みには目を奪われてしまう。 そんなリナリーの顔を一見したスピカの眉が微かに動いた。 「ケガをしてるの?」 「え?ああ、これ?大丈夫ですよ?」 「ダメよ、せっかくの綺麗な顔に傷が残ったら大変」 ソファから立ち上がりリナリーの頬に手を触れる。 すると温かい光が傷を癒した。 「「「「!」」」」 「これで大丈夫ね」 「い、今のは…?」 「天使像の中に治癒能力はなかったの?」 意外、というように首を傾げてくすくすと笑う。 言われてみれば確かにそんな能力を持っていてもおかしくはない。 「天使…?」 「ああ、彼女は…天使らしい」 リーバーがそう告げた。 その言葉にリナリーは目をパチパチと開閉する。 「認めてくれたのね。良かった」 「あれだけ色々と見せつけられたらね、認めざるを得ないよ」 そう言ってコムイは苦笑した。 すると今まで無言を貫いていた神田が口を開く。 「で、お前は何で空から落ちてきたんだ?」 「下界を監視していたら下に繋がる穴に誤って落ちてしまって……」 「(事故かよ……)」 「すぐに天界に戻っても良いのだけど、折角だから人間の目線で下界の様子を見ようかしら……」 あ、安心して、ここはすぐに出ていくから。そう付け足したスピカにリナリーが身を乗り出した。 「外にはアクマが沢山いるのよ?危険だわ!」 「悪魔?」 「アクマ。魂が内臓された生きる兵器だよ」 コムイが話し始めた。 アクマについて、エクソシストについて、そしてイノセンスについて。 「ーーー千年伯爵はイノセンスを破壊してその復活を阻止しようとしているんだ」 「千年伯爵、ね……あ、そうだわ」 少し間を置いてからスピカは胸の前で両手をパチンと合わせる。 どうやら何か閃いた様だが、先程からの言動からして突拍子のない事な気がしてならない。 「アクマの所に連れて行って?」 やはり突拍子なかった。 「お前…自分が何を言ってるかわかってんのか?」 「?」 「今までの話し聞いてたか?アクマはエクソシストしか壊せねぇんだ。お前が行ってどうする」 「本当にエクソシストだけ?もしかしたら私にもできるかもしれないじゃない」 そう返すと神田はぐっと言葉に詰まりコムイに振り返る。 リナリーとリーバーも心配そうに同じ人物に視線をやった。 「そうやって僕を見られてもね……」 「どうなんだよコムイ」 「だからさぁ……まぁ、スピカちゃんは天使な訳だし、もしかしたら可能かもしれない。でも、その確信はもてないよ」 それでも行きたいのかい? 書類の積み上がったデスクに腰掛けながらコムイは言う。 「……私が下界の様子を窺っていたのはね、一度回収した魂がいつのまにか下界に戻されて、その代わりにまだ時間のある者の魂がやってくる事が頻繁に起きたからなの」 それが千年伯爵という者により人為的に成されているのは大変いただけない事ね。 それに、世界を終焉に導くのは人間の落ち度を計り、再興の余地がないと神が判断を下した時に限るわ。 どれだけ強大な力を所持していようが化け物であろうが、下界の者が未来を自由にする事は許されないの。 そう言ってスピカは「だから」と続ける。 「私には千年伯爵の計画を止める義務があるわ。そしてアクマから本来の魂を返してもらう義務もね」 「そっか……わかったよ」 コムイが静かに頷いた。 「もしアクマを壊せるなら僕らにとっても喜ばしい事だ。って事で確認のために神田くん、スピカちゃんと次の任務行ってきて」 「何で俺なんだよ」 「だって今リナリーと君しかいないからさぁ」 リナリーは危険な目に遭わせたくない。 そう顔に書いてあった。 「……チッ」 「(あれ?今日は随分と素直だなぁ…)それじゃあ明日の早朝に出発してくれるかい?」 「我が儘を聞いてくれてありがとう。よろしくね、ユウ」 「……ああ」 コムイたちに深々と頭を下げ、そして神田に微笑んだスピカに素っ気なくとも返事をして神田は部屋を出て行った。 残された教団の面々は普段と違う彼の様子に酷く驚くのであった。 ←→ |