最後の一匹を両断し白刃についた血を振り払う。
昼にも関わらず薄暗いのは戦闘により立ち込めた煙りがまだ晴れていないからだろうか。

「……チッ……またハズレか」

「ま、アクマ倒せて暇しなかったし良いんじゃん?」

「ふん」

イノセンスはなかったがアクマ狩りはできたと、楽しげに笑うデイシャを横目に神田は歩き出す。
無駄を嫌う彼は寄り道もせずただホームに帰ることだけを考えるのである。

「ホームに帰るの久しぶりじゃん?早くゆっくり寝たいじゃん」

「……」

相変わらず無口というか無愛想な神田はデイシャの言葉に返事をする訳もなくスタスタと足を進める。
その後ろについて歩くデイシャは何かが落ちてくるような音にふと空を見上げた。

「うぇ!?」

「どうした」

「空から何か落ちて!?……ひ、人じゃん!?」

デイシャの慌て様に神田も顔を上げる。すると確かに空から人が落ちてきていた。
さすがの神田もこれには目を見開く始末だ。

「って、おい!」

神田の真上にそれはいて、このまま行くと神田に直撃する。
しかし地面に激突させる訳にもいかず腕を広げた。

「ぐっ……!」

「神田!大丈夫か!?」

「っ、ああ……」

落下により重力の負荷がかかったそれを受け止めるにあたる衝撃は凄まじかった。
落ちてきた人物を抱えたまま思い切り地に倒れ込んだ神田にデイシャが近寄る。
神田も上半身を起こして腕の中にいるものを確認した。

「女?」

「すっげー美人じゃん!」

自分たちとは正反対の真っ白な服に身を包んだ彼女は肌も白雪のように白く、髪も白銀に輝いていた。
あまりの白さに死人かと疑ってしまうが、どうやら死んではいないようだ。

「何なんだ、こいつは……?」

「さーな、でも何かありそうじゃん?コムイんとこ連れてってみねぇ?」

「……アクマだったらお前が責任とれよ」

「マジかよー!」という言葉を受けながら神田は立ち上がる。同時に宙に浮いた彼女は長いウェーブした銀髪をふわりと揺らした。
先程と違い腕にかかる重さはは軽く、神田は今一度それが人間なのか確認した。と、いうのも人形だと言われても納得出来てしまうほど彼女は美しかったからだ。


(……何だ?)


普段の自分であれば空から降ってきた怪しい女などその辺に放置するはずだ。
なのにデイシャの言葉に反対する事なくあっさりと了承してしまった。(さらに言い出したデイシャに任せる事もなく自ら抱き上げてしまっている)
らしくない自分の言動に妙な違和感を覚えた。





一一黒の教団、地下水路一一

衛兵の視線を痛いほど受けながら神田は小船を降りた。
デイシャは途中で新たな任務が入りホームへ帰る事なく飛び立ったのだ。(帰るのを楽しみにしていたというのに)
という訳で衛兵たちは『あの』神田が女を連れているという事に驚きながらも誰にも理由を聞く事はできなかったのであった。



両手が塞がっているため仕方ないが、司令室の扉を蹴り開ける。
書類の山に囲まれながらペンを走らすコムイと傍らにいたリーバーは呆気にとられた顔で神田を見て、そして視線を下げた。

「……神田君、その人は……?」

「空から落ちてきた」

「ま、まさか誘拐!?」

「あ゙?」

「ゴメン、神田君がそんな事するわけないよね…」

神田が元から悪い目つきを更に悪くしてコムイを睨むと、さっと視線をそらした。
そしてリーバーと共に真っ白な彼女の様子を見るため席を立ち上がる。

「取りあえずそこのソファにでも下ろしてあげて」

言われた通りにソファに下ろした彼女を一瞥する。
長い睫毛に縁取られた瞳が開く気配はない。

「つけてる装飾品は相当高価そうだし、まるでどっかの姫さんみたいっすねぇ?」

「そうだね。身なりも綺麗だし庶民って訳じゃなさそうだ」

二人がそんな会話をしている横で神田は六幻に手をかけていた。
もし彼女がアクマであったら、という事態に備えて。

そんな時一一一


「う……ん……」

彼女の瞳がうっすらと開いた。そして長い睫毛を上下に動かしてゆっくりと瞼を上げる。
海のような宇宙のような、ディープブルーのそれはまだ朧げで状況を把握していない。

「……あら?」

本当に短い一言だったが、初めて聞く声は透き通るようなソプラノだった。
どこか儚く神秘的な彼女を目の前に口を開く者はいない。

「どなた……?」

身体を起こし、首を傾けて問うた。
彼女に問われた事でコムイがはっと我に帰る。

「僕はコムイ・リー。君の名前は?」

「スピカ、スピカ・オーベルジュールよ」

スピカ。そう名乗った彼女はきょろきょろと部屋を見回す。
そして神田とリーバーを目に留めた。

「あなた達のお名前は?」

「り、リーバー・ウェンハムだ」

「リーバー……」

「……」

「あなたは?」

リーバーの名を復唱してからスピカは神田を見遣る。
そして無言を貫く神田に再度声をかけた。

「……神田だ」

「神田………下のお名前は?」

「あ?」

「それはファミリーネームでしょう?ファーストネームも教えて?」

「………ユウ」

「ユウ。そう、良いお名前ね」

普段なら下の名前で呼ばれる事を異常にまで嫌う神田だが、そう言ってふわりと笑うスピカに不思議と嫌な気持ちはしなかった。

「ところで、ここは何という星かしら?」

「ほ、星か?…ち、地球だが…」

「あら、地球だったのね」

「……君は、いったい何者なんだい?」

妙な事を聞くスピカにコムイが単刀直入に問う。
空から落ちてきた女、その正体を。
しかしさらりと返ってきた答えはあまりに意外なものだった。


「私は天使。下界の秩序と均衡を保つ管理者」






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